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寄 稿

EU労働者参加の潮流と日本への課題
 
                    
  衆議院調査局厚生労働調査室
                          次席調査員 濱口桂一郎

 

 中高年の読者の方々は、70年代から80年代にかけて、日本でも労使協議制や労働者参加といった話題が流行したことを覚えておられるであろう。当時議論の中心はドイツの共同決定モデルであったが、ECの会社法案とかフレデリング法案といった言葉も飛び交っていたことをご記憶の方もおられるかも知れない。しかし、こういったテーマに興味を失って久しい日本のマスコミは、昨年来これらが成立したときにはもはや報道しようという意欲すら失っていたようだ。

 ロナルド・ドーア氏が近著『日本型資本主義と市場主義の衝突』でも嘆いておられるように、株主価値第一のアングロサクソンモデルを唯一の選択肢として掲げる今日の知的風潮の中では、労働者参加などという反時代的テーマに紙面を割くのは憚られるのであろうか。現場のことを何も知らない経済学者を外部取締役として迎え入れると大喝采だが、労働者代表を(大した力のない)監査役会に入れてくれという連合のささやかきわまる要求はまともに取り上げられていないようである。

 だが、アングロサクソンだけが世界ではない。ドーア氏や『資本主義対資本主義』のアルベール氏もいうように、ドイツを中心とする大陸ヨーロッパ諸国はまったく別の資本主義システムを形成している。そして今、欧州連合(EU)という超国家機関の立法を通じて、それをアングロサクソンの本家であるイギリスにも及ぼそうとしている。猫も杓子も市場原理主義に流れる日本とは対照的に、今EUで進みつつあるのは、労使協議制と労働者参加をイギリスも含めたヨーロピアン・スタンダードとして確立していこうとするプロセスなのである。

一般労使協議指令の成立

 最新のホットニュースから紹介しよう。去る3月11日、フレデリング法案の提案以来約20年ぶりに国内の中小企業にも労使協議を義務づける一般労使協議指令が成立した。これによると、EU内の50人以上企業又は20人以上事業所は、企業の経営状況、雇用措置、特に雇用に影響を与える決定については、労働者代表に対して情報を提供し、協議しなければならない。協議に当たっては、労働者代表と使用者が会合して、労働者代表のいかなる意見に対しても理由を付した回答がなされなければならない。そして、使用者の権限内である限り、合意に達する目的をもって協議しなければならない。使用者側から一方的に言いたいことを言って問答無用という訳にはいかないのである。

 実をいえば、大陸ヨーロッパ諸国にとってはこの指令は大した意味は持っていない。既に何らかの労使協議制度が国内法として確立しているからだ。この指令案がなかなか成立に漕ぎ着けられなかったのも、主としてイギリスが抵抗していたからである。しかし、昨年6月についにイギリスも折れて賛成に回り、労使協議制はアングロサクソンの母国の労働法に書き込まれることとなった。イギリス政府の条件交渉で中小企業には段階的に猶予措置が講じられることになっているが、それでも6年後には完全適用される。

 ボランタリズムの伝統に基づく労働組合法制に立脚し、労働者代表制や労使協議制が存在しなかったイギリスに、労働組合と労働者代表制というヨーロッパ型の二層代表制が一般的な制度として成立することになるのであるから、その歴史的意義は大きいものがあるといえよう。

欧州会社法の成立

 これに先だって、昨年10月には提案以来約30年ぶりに欧州会社法が成立している。これは、今ある各国で設立された会社とは別に欧州会社というものを設立することができるという法律だが、その欧州会社は労働者関与指令に基づく労働者関与制度を設けなければならない。最初の案は、労働者代表が監査役会に参加するというドイツ型の仕組みにしなければならないというものだったので、イギリスだけでなくラテン諸国の反発も受け、長らく店晒しになっていた。これが1997年のダヴィニオン報告以後再び動き出し、最後まで抵抗していたスペイン政府も説き伏せられて、めでたく成立に漕ぎ着けたわけである。

 問題の労働者参加の仕組みであるが、細かいことを抜きにしていうと、労働者代表は欧州会社の設立に参加する従前の会社で効力を持っていたもっとも高い比率に等しい数のメンバーを取締役会又は監査役会に選出、指名、推薦することができる。イギリスやスペインのように労働者参加のない国の会社によって欧州会社が設立される場合には、労働者参加なしというケースもありうる。しかし、現実には労働者参加法制のあるゲルマン諸国がヨーロッパ経済の中心なのだから、これら諸国を外して欧州会社を作ってもあまり意味はないであろう。実際には欧州会社はほとんど労働者参加付きとなり、そういう形で、ゲルマン型のコーポレートガバナンスがEU全体にじわじわと広がっていくのではなかろうか。

そして我がニッポン

 このように、先進世界の太宗を占めるヨーロッパ諸国はステークホールダー資本主義の道を着々と歩みつつある。本稿で紹介した立法の動向だけでなく、「企業リストラの社会的側面」や「企業の社会的責任」に関する協議の開始など、近年のEUの社会政策はますます労働者参加を強調する方向に進んでいる。

 ところが、現代の日本では、万機アングロサクソンに決すべしで、何事もアメリカ流にするのが「グローバルスタンダード」で「欧米流」との宣伝が行き届いているようだ。そういう風潮に対して、本稿がささやかな解毒剤になれば幸いである。

(付記)本稿で紹介した内容については、『世界の労働』誌で邦訳を含めて詳細な紹介をしているので、興味のある方は参照していただきたい。なお、それらも含めて筆者のささやかなホームページ
(http://homepage3.nifty.com/hamachan/)に掲載している。

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