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寄 稿
「企業の社会的責任」とソフトロー
東京大学 神作裕之


1 近時の「企業の社会的責任」論の特徴

「企業の社会的責任」は、その名のとおり「社会的責任」にとどまるのであって、「法的責任」が尽きたところから始まると解されてきた。むしろ、会社法学の議論においては、その概念の不明確性から、「企業の社会的責任」論は、かえって経営者の裁量を拡げるおそれがあるとして、警戒感をもたれてきたように思われる。しかし、「企業の社会的責任」論は、法的拘束力はもたないにせよ、企業活動に大きな影響を及ぼし始めていることは疑いない。その背景には、以下に述べるような「企業の社会的責任」論の質的変化があると考えられる。

 第1に、「企業の社会的責任」といえば、従来は、どちらかというと余裕のある大企業が本業の傍ら行う慈善的活動もしくはフィランソロピーという色彩が濃かった。これに対し、最近は、「企業の社会的責任」を企業活動の本質的要素として組織化し内部化する傾向が顕著である。すなわち、企業の本業について、社会的責任が問われるようになってきたのである。

 第2に、このことは、「企業の社会的責任」が現代の企業にとって無視できないリスク、裏返せばチャンスであるということを意味する。本業のない会社は、少なくとも法的には存在しない。したがって、すべての企業が「企業の社会的責任」に対し積極的に取り組む理由が生じてきた。

 第3に、「企業の社会的責任」論の裾野と奥行きが急速に広がっていることである。一方では、企業活動のグローバル化・大規模化に直面し、企業に対し何らかのコントロールを及ぼす必要性が高まっていることに対応して、企業行動に対し発言し行動する市民や団体が国の内外を問わず増加している。企業が何をし、また何をしようとしているのか、市民や団体は「企業の社会的責任」を求めどのような発言・行動をしているのか、に関する情報が、情報技術の発展により、迅速かつ安価に伝えられるようになり、上述した変化を支える重要な要因となっている。ガバナンスという観点から見れば、コーポレート・ガバナンスも企業活動とともにグローバル化し、「企業の社会的責任」論がガバナンスの機能を担いつつあるといえよう。


 2 ソフトローとしての「企業の社会的責任」

1に述べた事情から、各企業、業界団体、国際機関などが、「企業の社会的責任」に係る各種の行動規範(Code of Conduct)やそのモデルを策定するようになってきた。「企業の社会的責任」は、窮極的には各企業の自主的取組の問題であり、各社が自らの意思決定に基づき策定する行動規範という形で実定化される。

 ソフトローという概念は多義的であるけれども、「正統な立法権限に基づき創設された規範ではなく、原則として法的拘束力を持たないが、当事者の行動・実践に大きな影響を与えている規範」とする定義が広く用いられている。本稿においても、そのような意味でソフトローという言葉を使用することとする。企業活動に大きな影響を与えているという点では、各企業が採択した行動規範はもちろん、それに直接・間接に影響を与えている、業界団体や国際機関などの各種の団体等の作成したガイドライン等も、ソフトローとして位置付けることができよう。以下、ソフトローという観点から「企業の社会的責任」に係る規範の特徴を見てみよう。

 そもそも、「企業の社会的責任」論は、「下から」かつ「第三者の関与の下で」始まった。最初に「企業の社会的責任」の洗礼を浴びたのはイギリス東インド会社だといわれている。すなわち、1790年代に、カリブ諸国の奴隷を使用して生産した砂糖をイギリスに輸入していたところ、消費者から不買運動が起こり、その結果、東インド会社は当該地域からの砂糖の輸入停止に追い込まれた。これは、消費者の市場における行動を通じ、強力な制裁が加えられた例である。しかし、「企業の社会的責任」は、法的な拘束力がないゆえ、そのようなサンクションが機能するのは、消費者等のステークホルダーと企業との信頼関係が破壊されたような極端な場合であろう。むしろ、通常は、「企業の社会的責任」の実効性は、会社の内部統制体制により、自主的かつ自立的に確保されることになると考えられる。「企業の社会的責任」が、経営者に内部統制体制を構築しそれを監視する法的義務を課す会社法と接合する契機が、ここに見出される。ソフトローとハードローが密接に関係し、接続するようになってきているのである。

 他方、行動規範を遵守しているかどうかにつき内部的なコントロールしか働かないのであれば、「企業の社会的責任」の実効性は、心許ない。「企業の社会的責任」の計画および実行の状況等に関する各企業の情報開示と、それを評価する仕組みが重要になる。そのような試みは、すでに世界的に開始されており、試行錯誤を繰り返しつつ、今後大きく発展してゆくものと推測される。


3 今後の課題

 「企業の社会的責任」論の今後の課題として、とくに重要と考えられる点を3点指摘し、結びに代えたい。

第1に、これまでの「企業の社会的責任」論は、多国籍企業から出発して主として大規模公開会社を念頭に置いてきた。しかし、「企業の社会的責任」論は、中小企業にとっても無縁の問題ではない。社会的なインパクト、経済的なインパクト、環境に対するインパクトに応じて、社会的責任の内容や程度が企業の規模や性格により異なってき得るのは当然であるが、「企業の社会的責任」が当該企業の中核的な業務遂行の中に統合されるべきであるとしたら、中小企業にも社会的責任がないとはいえない。「中小企業の社会的責任」論の展開が注目される。

 第2に、「企業の社会的責任」論は、企業経営そのものに問題を還元することにより、基本的に企業の自主性を重視するところから出発している。しかし、ソフトローという観点から見た場合、その由来、規範の内容、エンフォースメントの方法、開示や評価のあり方等は、実に様々であり、その多様性と分権性が注目される。一方の極に個別企業の自主性に基づく行動規範を置き、他方の極に法規制に至る前段階としての、すなわちハードローを補完するものとしての社会規範を置くとすると、その2つの極の間に様々な「企業の社会的責任」に係る規範が位置する。具体的な行動規範毎に、ソフトローの観点から、その規範の内容や構造等について、実証的・分析的に検討してゆくとともに、その理論化が望まれる。

 第3に、ソフトローとハードローの関係についても、多面的に検討する必要がある。「企業の社会的責任」として論じられている事項のうち、場合によっては法制化することが望ましい事柄もあり得る。本来は法律によって規制するのが望ましいけれども現状では法技術的な限界もしくは法の適用範囲等との関係から、法による規律が困難である問題、たとえばクロスボーダーのサプライ・チェーンにおける労働者保護などは、「企業の社会的責任」の問題としてとらえ、事実上一定の拘束を課すという手法が、法政策的にも期待され得るところである。このような分野におけるソフトローの役割は、きわめて重要になると考えられる。ソフトローの限界を認識しつつ、ソフトローとハードローの機能、役割分担、協調関係等について、理論面での検討を深化させる必要があるとともに、ソフトローの本質である実践面での発展が期待される。


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