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寄 稿
英国のワークライフバランスの取り組みに学ぶ
みずほ情報総研 主席研究員 藤森 克彦

◆英国の視点

 「英国政府は、経営者と一緒になって、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)を進めていく。これは、企業にとっては競争力を高めて業績向上につながり、従業員にとっては生活の質を高めることになる」――ブレア首相は2000年3月にこのように語って、「ワークライフバランス・キャンペーン」を始めた。興味深いのは、英国ではワークライフバランスが企業業績の向上にもつながるという見方がされている点である。

 もっとも、これまで英国は、ワークライフバランスという点では、欧州内で遅れた国とみられてきた。英国のフルタイム労働者は、EU諸国の中で長時間労働の常連である。公的保育所の整備も遅れ、「男女の役割分担が根強く残る国」と言われてきた。

 ところが、近年、官民をあげて仕事と生活の両立に力を入れ始めている。企業は、働く時間や場所に縛られない「柔軟な働き方」を導入し、両立環境を整え始めた。他方、政府はフルタイムとパートタイム間での同一労働・同一賃金を義務付けるなど、ワークライフバランスを下支えする制度を整備してきた。

 そして労働組合も、ワークライフバランスは従業員の生活の質を高めると共に、企業の競争力を高めて雇用の安定につながるとして、こうした動きを支持している。


◆ワークライフバランスのきっかけとその利用状況

 では、なぜ英国企業はワークライフバランスに積極的に取り組むようになったのか。きっかけは、90年代中ごろから長期に景気拡大が続いて、労働需給が逼迫したことがある。企業側は優秀な人材の採用や既存社員の定着を求めた。他方で労働者側は、共働きや一人親世帯の増加によって時間や場所に縛られない柔軟な働き方を求めていた。企業側と労働者側のニーズが合致して、柔軟な就業形態が普及していったのである。

 一口に「柔軟な就業形態」といっても、英国にはパートタイムやフレックスのほかに様々な形態がある。例えば、子供の学期期間中のみ働く「学期期間労働」。また、年間の総労働時間をあらかじめ事業主と契約して、勤務時間を労働者の裁量に委ねる「年間労働時間契約制」などがある。こうした柔軟な就業形態は、大企業が中心になって提供している。

 そして英国では、いわゆる「正社員」であってもこうした就業形態を活用している。2005年には、フルタイムで働く男性の18%、女性の29%が柔軟な就業形態を利用した。例えば、正社員が出産を機に、子供が小学校にあがるまで週2日勤務を続け、その後フルタイムに復帰するなどの活用法もある。また、柔軟な働き方は、子育てのためだけでなく、修士号取得などスキルアップを目的に利用されることもある。


◆ワークライフバランスが企業に与える影響

 では、両立支援策は、ブレア首相が指摘するように、企業業績に良い影響をもたらすのだろうか。約9万人の従業員を抱える大手電信電話会社の事例をみてみよう。同社では、両立支援策としてIT(情報技術)化によって在宅勤務の体制を整え、全従業員の7%が在宅で働くようになった。

 この結果、在宅勤務希望者を含め、幅広い層から優秀な人材を採用できるようになった。また、英国企業の平均離職率が16%であるのに同社の離職率は3%、出産休暇後に職場復帰する女性の割合が98%になった。そして、募集採用コストが500万ポンド(約10億円)節約できた。さらに、24時間営業や土日営業などにも対応でき、前年度に比べて顧客の不満が22%も低下したという。

 他方で、在宅勤務利用者の生産性は15〜31%程度向上している。同社の人事担当者は「在宅勤務の導入に対しては社内で反対もあった。しかし、実験的に導入してみると、部長クラスもビジネスにも役立つことを実感した」と語る。


◆労働組合と政府の支援

 労働組合も、こうした企業の取り組みを支援する。英国労働組合会議(Trades Union Congress)では、2001年にワークライフバランスの実現に向けた実践的なガイドブックを発表した。これは、具体的な事例に基づいて、企業にも従業員にもプラスになる両立支援策の導入プロセスをまとめたものである。

 同書によれば、企業にも従業員にもプラスになるには、従業員のニーズと企業のニーズを、ジグソーパズルをするように丁寧に組み合わせることが重要だと指摘されている。具体的には、@管理職と労働組合代表によるワークライフバランスの進捗状況等の監視、A働き方変更など従業員に対するニーズ調査、B営業時間など顧客に対するニーズ調査、C柔軟な働き方に向けた管理職と従業員の話し合いと試行、D他機関の事例を参考にすること、などが挙げられている。

 一方、英国政府は、2000年より「仕事と生活の調和キャンペーン」を始めた。その柱は、両立支援策を検討する企業が外部コンサルタントを用いた場合に、政府がその費用を全額負担する「チャレンジ基金プログラム」である。外部コンサルタントは、社員と企業のニーズを掘り下げ、企業にも社員にもプラスとなる両立支援策の作成を手伝う。

 また政府は、この制度を通じて、具体的事例から成功要因などを吸い上げて、他企業に情報提供をしている。ビジネスに好影響をもたらす事例が増えれば、企業は積極的に取り組むようになる。この好循環を作り出すことが、人々の働き方を変えていくと考えられている。


◆日本への示唆

 翻って日本をみると、今後労働力人口が急速に減少していくので、労働需給が逼迫する可能性がある。また、既に共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回っている。日本においても、ワークライフバランスが重要になってきている。

 こうした中で求められるのは、「ワークライフバランスは、企業にも従業員にもプラスになる」という視点から働き方の選択肢を増やしていくことである。また、正社員と非正規社員の間にみられる固定的な雇用管理などを見直すことも必要になろう。日本でも、仕事と生活の両立ができ、同時に企業業績を高めていけるような「21世紀型の働き方」を模索する時が来ている。



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