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寄 稿
社会調査からみた格差
東京大学大学院人文社会系研究科助教授 白波瀬 佐和子

1. 高揚する格差感

 最近、「格差」とつく書籍が書店に立ち並び、「格差」とつく特集がいくつもの雑誌で組まれる。一見すると世の中が格差にどっぷりつかっているようだ。しかし、何をもって格差とみるのか。何が不平等なのか。格差、格差と叫ばれるわりに、その中身やメカニズムはまだ十分に明らかにされていない。

 1980年代半ばからのジニ係数を見る限り、世帯所得の格差は確かに上昇している(白波瀬 2006)。しかしその上昇程度は、1986年の0.293から2001年の0.335と、近年人々が騒ぐほど大きく上昇したとはいえない。事実、これらの数値を人々に提示すると、「意外と格差って大きくなってないんですね」という感想が返ってくる。さらに、「でも私たち、すごく格差が広がっているって感じてるんです。どうしてなんでしょうか」という質問が続く。人々が感じる格差の程度と実際の格差の程度との間にはギャップがある。人々は何をもって格差を感じているのか。例えば、大竹・富岡(2003)は、人々の不平等感や格差感は、将来にわたる所得への不安と関連していると説く。佐藤(2006)は最近の少子化に関連させて、人生の帳尻あわせの期間が短くなったことを人々の格差感の高まりにみる。

 他者と比べて人々が格差を感じるとすると、その他者とは誰なのか。親なのか、友人なのか、同僚なのか、それとも週刊誌にでてくるセレブなのだろうか。あるいは、10年前に想定した自分と実際の今の自分の比較をもって、格差を感じているのか。格差に関する人々の意識構造は、あいまいなところが少なからず残されている。


2. 社会調査とは

 
社会の実態をどう明らかにしていくか。そのひとつの方法として社会調査がある。社会調査とは社会における諸事象を明らかにすることを目的に実施され、量的な調査と質的な調査に大きく分けられる。人々は、社会のさまざまな事象に関与するアクターである。彼/彼女らの実体験は、個別であると同時に普遍的な側面を持ちうる。その一方で、個人的な経験は個々に限定的な環境のもとで具現化されているという側面もある。個別の経験圏を全体の中で位置づけることで、個的経験をより一般性の高い経験則へと導いていく。この一連の作業が、社会調査データを分析する実証研究に最も必要とされることの一つである。


3. 社会調査からみた格差

 
2005年11月、全国の20歳以上79歳未満の男女3,000人を対象にした「福祉と公平感に関するアンケート調査」(以降、福祉・公平感調査)を東京大学社会学研究室が実施した。同調査の「今の世の中は公平だと思いますか」という問いに対し、「公平でない」と答えたのは21.1%、「あまり公平でない」と答えたのが49.3%と、全体の7割が今の世の中は公平でないと感じている。一方、「公平だ」と答えたのが2.7%、「だいたい公平だ」と答えたのが23.9%と、全体の約4分の1が今の世の中は公平であるとした。この結果から、7割もの多数派が世の中の不公平を感じているとするのも正しいし、対象者の4分の1もが世の中は公平だと感じているという見解も間違っていない。

 ひとつの見解として、実際に調査をしてみると実は7割程度しか世の中の不公平を感じているものはいないとして、格差論の高まりに対する反論がある。一方、世の中は公平だと答えたもの26.6%の結果を時系列の枠組みからみて、次のようにも解釈できる。2000年の調査1結果から「世の中は一般に公平だ」と答えたのは対象者の34.5%(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」を合わせた値)で、2005年の福祉・公平感調査の26.6%と比較すると、世の中が公平だと感じる割合の減少が認められる。この結果をもって、最近の格差感の高まりを確認したと述べることもできる。

 社会調査から格差を見ることの意味の一つは、抽象的な「格差」という概念を具体的な変数に操作化して、現実のレベルに着陸させることである。格差と一言でいっても、人々はどこをみて格差、不平等、不公平を感じているのか。人々はどこの格差に敏感に反応しているのか。例えば、福祉・公平感調査では、何による不公平を感じるのかを細かく質問している。それらは、性別、年齢、学歴、職業、所得や資産、親の社会的地位、居住地域、などである。「不公平が大いにある」の割合が最も高かったのは、「所得や資産による不公平」(36.8%)であった。「不公平が少しある」と答えたものをあわせると、8割以上の回答者が所得や資産による不公平があると答えている。次に高い不公平感を示したのは学歴で、「不公平が大いにある」と答えたのが35.7%、「少しある」と答えたのが49.1%であった。両者をあわせると「学歴による不公平」は、「資産や所得による不公平」より高い84.5%であった。

 
「世の中は公平ですか」と漠然と質問するよりも、学歴や所得・資産、あるいは職業というように、各論で細かく質問すると不公平だと答える人の割合が高くなる。「あなたは格差が拡大したと思いますか」という質問に対して多数派が「はい」と答えた調査結果をもとに、今の世の中は格差社会であると結論づけるのは少々時期早々である。あるものは学歴による格差を想定して「格差」を答えているかもしれないし、あるものは世代による格差に着目して格差の拡大を訴えているかもしれない。「格差」ということばに人々は異なった状況を想定する。

 格差についての社会調査をすると格差の実態が自然と見えてくるわけではない。抽象的な概念を具体的なことばに置き換えて質問項目を設定し、その結果を研究者の問題意識に照らし合わせて、一定の理論枠組み中で読み解いていく。この地道な積み重ねが、格差是正に向けての具体的な政策議論へと発展しうる土台を作ることになる。格差に対して人々が敏感になっているいま、格差問題について、また格差の背景にある不平等構造の問題について取り組む絶好の時である。


参考文献

 
大竹文雄・富岡淳 2003年 「誰が所得分配政策を支持するのか?」『経済研究』171号:3-27
 佐藤俊樹 2006年 「爆発する不平等感」白波瀬佐和子編『変化する社会の不平等』(東京大学出版会):17-46
 白波瀬佐和子 2006年「不平等化日本の中身」白波瀬佐和子編『変化する社会の不平等』(東京大学出版会):47-78
1 2000年、福祉社会のあり方に関する研究会(武川正吾東京大学教授代表)が「福祉と生活に関する意識調査」を実施した。



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