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視点


地域通貨の実験と草の根からの地域再生

No210 2006年11月
 バブル崩壊から苦節15年余、ようやく日本経済にも本格的な「潮の変わり目」が訪れているようだ。2002年1月を谷とした景気回復局面は2006年10月で57ヶ月の持続期間となり、戦後最長の「いざなぎ景気」と並んだ。企業の期待成長率も高まり、雇用や消費マインドも改善されてきた。日本の経済と産業の新たな可能性を探る、前向きの話題も現れつつある。けれども、日本列島全体に、すっきりと晴れ間が見えてきたかといえば、残念ながら、必ずしもそうとはいえない。むしろ、地域に目を転じれば、浮かぶ瀬と沈む淵の間の落差は、ますます広がりつつある。

 地方経済が陥っている危機の深刻さに対処するために、この間さまざまな努力が積み重ねられてきた。「人々が自主的に設計・発行・管理し、特定地域・コミュニティ内でのみ流通する、利子がつかないお金」(北海道大学・西部忠教授の定義)である「地域通貨」を通じて地域再生をはかろうとする試みも、その一例である。地域通貨の市民運動は、1980年代にアメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、イタリアなど欧米先進工業国で始まり、その後90年代には、日本、タイなどアジア諸国、メキシコ、アルゼンチンなど南米諸国やアフリカにまで普及するにいたった。現在、地域通貨を推進している団体が世界には5000以上あり、日本でも600団体を数えるにいたっているという。

 いまから3年ほど前のこと。往年の名作人形劇「ひょっこりひょうたん島」(1964〜69年、NHK総合テレビで放送)のリメイク版アンコール放送が行われると聞いて、ネットで情報を検索していたら、ガバチョ・マネー研究会なるものに遭遇した。「ひょっこりひょうたん島」を見て育った世代はよくご存じのドン・ガバチョ大統領にちなんだ地域通貨運動の市民団体であり、札幌で地域通貨「ガバチョ」をツールにボランティア運動を展開していた。ひょうたん島では、ガバチョ大統領の指導のもとに、独自通貨「ガバス」が導入されていた。これは、今風にいえば地域通貨のはしりだったというわけで、会の名称になったそうだ。なるほど。当時、ひょうたん島の通貨ガバス導入は、資本主義体制に対する批判とも読めるという議論が盛り上がったのを思い出す。事実、ガバスの説明には資本論の貨幣論をふまえているらしい形跡があった。「ガバチョ」はいまも健在であり、同様の遊び心と文明批判を隠し味にしたような、ユニークな名称を冠する地域通貨が日本列島のあちこちで生まれている。

 家族や親類縁者あるいは地域共同体など、伝統的なコミュニティの中での暮らしは、お互いに助け、助けられる関係を基本に営まれてきた。助け合い行為やモノの贈答などの、貨幣に媒介されない互酬的関係が市場経済以前の人間の経済活動の内実であり、そこでは経済は社会の中に埋め込まれていたといえる。地域通貨は、こうした互いに助け合い、支えあう互酬的関係によるモノやサービスの交換を、時間や点数、あるいは地域やグループ独自の紙券としての通貨に置き換え、これを媒介に助け合いサービスやモノの贈答などの交換行為を循環させようとする試みである。市場経済のなかで崩壊に瀕している地域コミュニティを「もうひとつのお金」によって再生しようとする運動と捉えることもできる。

 現在、世界でもっとも広く普及している地域通貨は、1983年にカナダで創始されたLETS(Local Exchange Trading System、約2000団体)であるといわれる。イギリスのブレア首相もその会員であると聞く。このほかにも、各国、各地域でユニークな活動が展開されているが、中には企業の決済活動にまで活動領域を広げ、中小企業を中心にスイス全企業の17%、76000社が参加しているスイスのWIRのような例もある。

 地域通貨のアイデアそのものは、今に始まったものではない。19世紀の初期社会主義者ロバート・オーウェンの労働貨幣やプルードンの労働交換所にその源を求めることができる。日本の伝統村落で広く行われていた相互扶助慣行の「結い」や、庶民金融の「無尽講」などの制度も、互酬的関係の組織化という点では、地域通貨に通じるところがある。

 地域通貨の提起する問題を市場経済の理論という視角から考察する論考を数多く発表している西部忠教授によれば、地域通貨の中核にある理念は、「自由」「共有」「協同」「情報公開」である。それは、(1)信頼を基盤とする互酬的交換を媒介、(2)地域通貨の域内流通により、自律循環型の地域経済形成を促進、(3)通貨の所有よりも使用の誘因を強めて経済の不安定性除去に寄与、(4)福祉・介護、家事・育児、相互扶助ボランティア活動など、通常の市場で取り引きされないサービスの交換を可能とする、などの諸特徴を持つという。

 市場の暴走による経済不安定化や、生活破壊、社会崩壊の不安におののく現代人にとって、地域通貨運動のコミュニティ再建のメッセージはきわめて重要な意味を持つ。市場経済を前提としつつも、その欠陥を是正する社会的装置なしには、生活の安心・安定は得られないことをわれわれはいま肌身にしみて実感しつつある。

 日本の地域通貨発行件数は、最近数年間で顕著な増加傾向を示している。政府の地域再生計画の中に地域通貨の導入支援が盛り込まれたことも、この趨勢を加速しているといえるだろう。まず、2004年の「地域再生推進のためのプログラム」(2月27日、地域再生本部決定)の中に、「地域通貨モデルシステムの導入支援」(総務省担当)が取り上げられた。これを受けて、市川市(コミュニティ・サービス)、北九州市(エコ・マネー)、小国町(グリーン・ツーリズム促進)の3市町で、地域再生計画認定にもとづく実証実験が行われた。さらに、2005年7月には、銚子市、南雲市、海土町、阿蘇市、別府市が、実証実験団体に加わった。

 このように、日本の地域通貨運動は急速に拡大し、社会的な制度としても、次第に定着しつつある。とはいえ、それが果たして実体経済にどれほどの影響を与えうるかは、いまのところ未知数というしかない。けれども、ひとつだけ確かなことは、市場経済のグローバル化、普遍化の中で、自覚的に社会を形成していく草の根の営みがますます重要になってきていることだ。その意味で、職場での助け合いを基盤に雇用と生活条件の維持向上をめざす労働組合にとっても、地域通貨運動のメッセージは無縁ではないだろう。(不)


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