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寄 稿
多様性を包摂する文化の形成
  ― 労働組合に必要な視点とは
跡見学園女子大学 専任講師 禿 あや美


≫全体として悪化する労働条件

 日本では近年、格差の拡大、貧困層の増加など働く者にとって厳しい状況が続いている。そのような状態にあるのは非典型労働者や若者、高齢者など「限られた」人々であるとの認識があった一方で、労働組合が組織している労働者の雇用は恵まれているとの認識もあった。しかしこの間のホワイトカラー・エグゼンプション制度導入をめぐる一連の動きに象徴されるとおり、これまで恵まれているとみなされていた正社員の処遇までもが大きく後退させられようとしている。こうした状況は、我々に「最低限保障されるべき労働と生活とはどのようなものか」という問いを改めて提起していると思われる。


≫存在感の薄い労働組合

 我々が安心して働き生活するために必要な方策を提案・要求し、交渉出来る組織は、労働組合をおいて他にはない。その果たすべき役割はきわめて大きい。

 しかし労組の存在感はあまり強くはない。その原因はさまざまあるが、ここで強調しておきたいことは、労組のメンバーシップが正社員のみに限定されてしまったこと、そして労組員の関心が企業内部に集中し地域への眼差しを薄めてしまったと思われることである。その結果として労組に対する市民の共感は弱まっている。


≫労働組合とパート労働者

 労組の社会的存在感を高めるためには、組合員数の拡大が欠かせない。なかでも、年々増加している非典型労働者の組織化は必須であると考える。パート労働者の組織化は各労組の努力により徐々に増加し、組織率は2004年の3.6%から2006年には4.3%となった(厚生労働省『労働組合基礎調査』)。

 パートの処遇に対して労組はどの程度会社と交渉しているのであろうか。労働政策研究・研修機構が2006年に公表した『パートタイマーの組織化に関する労働組合の取り組み』によると、パートの労働条件に関して公式、非公式に交渉を行っている労組の割合は、「時間給の引き上げ」について、パートを組織化した労組の場合92.4%だが、未組織の場合32.3%にとどまる。「勤務時間帯の適正化」についてはそれぞれ73.9%、25.8%、「雇用の継続」では82.6%、25.8%であり、いずれも未組織の労組はパートの労働条件について経営者側と話し合いすら行っていない。

 パートを組織化している労組はいまだ少数派であるから、多くの労組はパートの労働条件に対して発言していないと推測される。今や3人に1人が非典型労働者である今日、労組が正社員という特定の労働者層の労働条件や雇用についてのみ責任をもつことで、結果としてパートに代表される非典型労働者の低い処遇には無関心になりがちであることは問題が大きいといえよう。


≫企業から地域へ

 ところで近年、メンバーシップを広げ、地域へ根ざした活動を強化することによって急激に成長した分野が日本に存在している。それはスポーツである。これまでスポーツは、実業団チームとして運営に関わる資金を企業に依存する形で展開されていた(企業スポーツと略称)。しかし90年代以降の不況の中で、企業スポーツの休廃部が相次ぎ、1998年から5年間で218ものチームがなくなった。チームの成績がたとえよかったとしても、景気と親会社の業績が悪ければ、あっけなく廃部される。かわって台頭したのが「地域スポーツ」である。これはスポンサーとしての親企業をもたず、地域住民や地域の多くの企業から構成される小口のスポンサーによって支えられている。トップリーグチームの経営主体の変化をみれば、1989年には「企業スポーツ」は87.6%、「地域スポーツ」が12.4%と、ほとんどが企業スポーツであったが、2005年には57.7%、42.3%と劇的な変化を遂げている(笹川スポーツ財団『スポーツ白書』2006年)。地域を重視するサッカーが、企業を重視する野球を上回る人気と勢いを得ていることは周知のとおりである。

 このような動きはチームの支え手を、一つの企業に頼るのではなく地域に幅広く確保することによって、リスクを軽減するものと理解できる。そして企業を中心に形成された文化の行き詰まりを、地域にシフトすることによって突破しつつあるとも言える。以上を参考にするのはいささか突飛に思われるかもしれないが、市民の支持を得る組織のあり方として象徴的な示唆を得ることが出来るのではないだろうか。


≫生活を支える地域への関心を高める

 一方、労働組合の地域への視線は弱く、メンバーも限定されている。正社員の労組員にとって地域の問題は自分の問題ではなかったのではなかろうか。職場コミュニティを快適にすることが第一であり、雇用が保障され家族を養える賃金が獲得できれば、慢性的な長時間労働であったとしても生活を揺るがす大問題であるとは認識されてこなかったのではないだろうか。長時間労働に従事する労働者の生活からは「豊かな文化」は生まれない。現状に疑問を感じつつも深く思考する暇はなく、物を消費することによって手っ取り早い満足感を得る生活が中心となってしまっている。労働組合は我々の生活の「足もと」である、地域における生活の質に目を向けるべきではないだろうか。

 我々が安心して働き生活を営むためには、正社員と非正社員の大きすぎる格差を縮める均等・均衡処遇が必要であることはもちろんのこと、非典型労働者の賃金水準を上げることが大事である。最近の研究によれば、最低賃金以下あるいはその付近の賃金を受け取っている労働者は若者、女性、パート労働者、零細企業勤務者、労働組合に未加入者に多いことが明らかになっている。加えて、最低賃金を10%上昇させた場合に、約20万世帯が貧困から脱出できるとの推計がなされている(橘木俊詔・浦川邦夫『日本の貧困研究』東京大学出版会、2006年)。

 我々の生活の場である地域に目を向け、多様な雇用形態で構成される労働者の処遇改善に、組織化されているか否かにかかわらず積極的にかかわり関心を持つことが、労組には求められているのではないだろうか。



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