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視点


「労働力流動化論」について考察する際の視角

No213 2007年2月
改めて「労働力流動化論」について考える

 
長期に及んだ不況を背景に、市場における自由競争に大きな信頼を寄せる新古典派経済学が席捲した。新古典派経済学は、完全競争による流動的な労働市場を形成すれば完全雇用は達成されるのであるから、これを妨害する雇用慣行を排除・是正することが望ましい、との立場をとる。「労働力流動化論」は、言うまでもなく新古典派経済学による経済観・市場観に依拠している。規制の緩和・撤廃や構造改革の旗印も、新古典派経済学の考え方に大きく影響されている。しかし、ようやくここのところ潮目が変わる兆しもみられる。「今さら」という感をもつ方もいようが、これを機に改めて労働力流動化論や、それと密接な関連にある日本的雇用慣行のあり方について、冷静な議論を行う必要があろうかと思う。

 とはいえ、これらの問題を網羅的に取り扱うことは筆者の力量を大きく超える。本稿では労働力流動化論について考察するに当たり、留意が望まれるのではないかと思われる点を3つに絞って言及するに止める。


1 労働市場の特殊性に対する配意の乏しさ

 高
梨昌信州大学名誉教授が指摘されているように、労働市場は、モノやカネとは異質の特有な市場である。経営資源の中で、人材はモノやカネとは異なる特性を持つ。人材は、疲弊したからといって簡単に置き換えることはできない。職務が明確に決まっていてもその人でなければ為し得ない事はある。それどころか、個々人が職務の内実を形成することも多々ある。また、人材についてモノやカネと同様に市場での自由な価格決定に委ねれば、モティベーションが低下し職業能力が劣化することも考えられよう。その結果、社会経済全体でみた人的資源の枯渇にもつながる可能性は否定できない。労働市場は、商品などとは同列に論じられない人材に関わる市場であり、労働力流動化論はこの点に対する意識が希薄であるか、あえて無視しているようにみえる。


2 検証が必要とされる「通説」

 
「アメリカでは、優秀な者は会社を幾つか転職して高賃金を得ている。」との通説がある。これは本当なのだろうか。川喜多喬「仕事と組織の寓話集━フクロウの知恵━」(2006年)は、アメリカでもそのような者は少数派で、多くの労働者は会社に長く勤めたいと思っている上に、優秀な企業の中には従業員の雇用保証に腐心する企業が多数存在する、と喝破している。我々は通説イコール正しい、とつい考えてしまうが、「通説」も慎重に検証しなければならないことがあるようだ。

 加えていえば、経営者についても長期雇用的な考え方を前提として内部人材を育成していくのではなく、外部からスカウトすれば良いではないか、との指摘がある。これも、多分にアメリカではそうだから、との考え方が働いているかもしれない。しかし、新原浩朗「日本の優秀企業研究」(2003年)によると、アメリカの上位企業のCEO(最高経営責任者)のほとんどは、社内から上がってきたCEOである。また、同書は改革をリードする経営者に必要な条件として、「その企業の事業についての現場感覚があること」を挙げており、社外から来る経営者がこの条件を満たすのは簡単ではない、としている。


3 困難な人材育成

 知識社会の様相が色濃くなるとともに、グローバル競争の激化・消費の成熟化などにより、個々人の持つ職業能力や知恵がますます重要になってきている。しかし、流動化を推し進めれば人材は育たなくなるおそれが生じる。すぐに会社から出ていくような人材に、企業は人材投資をしようとは思わないはずである。即戦力人材を雇おうとしても、そうした人材はどこで陶冶されるのか。あらかじめ外部労働市場にストックされている訳ではないだろう。人材育成を厭わない別の会社で育成され、たまたま外部に出た人材を雇い入れることになる。長期雇用を前提とする人材育成をどこかの会社で行わない限り、即戦力人材が労働市場に輩出されることは難しい。

 そもそも職業能力については、先輩・同僚・後輩との人間関係の中で一定の時間をかけ、切磋琢磨しながら形成されている部分が大きいはずである。チーム内の継続的な人間関係の中で揉まれることが、個々人の力量を高める。常に人材が入れ替わるような環境においては、信頼関係を構築するのに困難を来たし、基礎的な職業能力の形成が容易ではなくなる可能性がある。


おわりに ー「不合理な」人間ー

 
今から20年以上も前のベストセラーであるピーターズ・ウォータマン(大前研一訳)「エクセレント・カンパニー」(1983年)は、当時のアメリカにおける優秀企業の特質を抽出している。その内容をみると、「ひとを通じての生産性の向上」など人材を重視する姿勢を貫くとともに、人間はあまり合理的な存在ではない旨を強調していることに驚く。人材の流動化など労働市場のあり方について考察するに当たっても、今こそこうした考え方を想起することは、意義あることといえるだろう。(五角形)


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