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視点


個々の政策に、人間の尊厳・労働の尊厳確保と
社会連帯の理念を貫け

No215 2007年4月
 
 最近、ついこの前に大改正したばかりの福祉・社会保障制度が、国民の批判を受けて手直しされる傾向が目につく。

 例えば、「障害者自立支援法」はその典型的な例である。 この法律は第163国会の2005年10月31日に成立し、昨年4月に一部施行され10月から全面施行されたばかりであるが、早くも政府は、特別対策として2006年度補正予算に960億円、今年度以降の当初予算に260億円を盛り込むことにし、2008年度までに1,220億円もの激変緩和措置が講じられることになった。「障害者自立支援法」は、従来の支援費制度に代えて利用者原則1割負担を導入したため、法施行前から、「障害者の負担、特に障害の重い人ほど負担が大きくなる」とか「利用者負担により、サービスの利用を思いとどまる障害者が増え、事業者、特に地域の小規模作業所などは立ちゆかなくなる」といった意見が障害者や関係団体等から出されていた。こうした批判に対して行政府はこれまで、「負担減免措置により通所サービスと入所サービスを平均した実質負担率は5%程度であり、個別に負担の上限額を設定しているので、むしろ重度障害であるほど負担率は低くなっている」「通所サービス利用者の落ち込みはあるが、ホームヘルプサービスなどの在宅系サービス利用者は対前年比16%増であり、入所サービス利用は横ばいで減ってはいない」(厚労省障害保健福祉部)と反論してきた。しかし結局、利用者負担の上限額を4分の1まで軽減した他、事業者についても従前収入の9割を保証する仕組み等が導入された。

 また介護保険制度も、見た目は小さいが実質効果の大きい手直しが行われた。介護保険は2000年の制度発足時の約束であった「5年後の見直し」により2005年6月に法改正が行われ、昨年4月から、「要支援」「要介護1」といったいわゆる軽度者の認定基準と提供方法が大幅に見直されるとともに軽度者を対象とした介護予防給付の創設等が実施された。この改正は、介護保険スタート後の5年間で、要介護と要支援の認定を受けた高齢者が約218万人から約411万人と2倍近く増え、特に軽度者が約2.4倍と大幅に伸びて全認定者の半数を占めるようになったことなどから、持続可能な制度への転換を旗印にして給付抑制の方向に舵を切ったものである。この改正で軽度者の介護用ベッドの利用は保険給付の対象から外され、2006年3月末時点で約27万6000台であった軽度者の介護用ベッド利用は約1万4000台に激減した。しかし自治体関係者等からは、軽度者にも時間帯により体が動かなくなる病気の患者や激しい発作を起こすぜんそく患者など介護用ベッドを必要とする高齢者が沢山いることが指摘されてきたことなどから、厚労省はこの4月より、医師の判断や適切な介護計画の策定などを条件に軽度者の介護用ベッドの利用を認める方針を明らかにした。なお、この他の見直しについても省内で検討されている模様である。

 生活保護制度についてみると、母子加算は2005年度から16?18歳の子どもがいる世帯について段階的に廃止され、今年度からは15歳以下の子どものいる約9万1000世帯を対象にした段階的廃止が始まり2009年度にゼロ、つまり完全廃止されることになっている。生活保護の支給額は世帯の年齢構成や居住地域で細かく決められていて、例えば、東京23区内に住む母30歳・子ども9歳の2人世帯の場合は、2006年度現在で母子加算2万3260円を含め毎月14万7340円が支給されている。母子加算の廃止は、生活保護を受けずに勤労収入で生活する母子家庭よりも生活保護受給世帯のほうが収入が多いというケースもあり、不公平感を解消するという意味合いもあるが、受給世帯の就労を促進して、生活保護受給世帯の近年の急増で約2兆7000億円にも膨らんだ生活保護費を抑制することが狙いであることは明白であり、批判の声も少なくない。そこで厚労省は、この4月から、母子加算の段階的廃止に伴い、15歳以下の子どもを持つ1人親の生活保護受給世帯に対し、親が働く世帯には月1万円、働いていなくても職業訓練や自立支援プログラムを受けている世帯には月5000円の就労促進費を支給することを、つい先日明らかにした。なお、老齢加算の廃止をめぐっては最近、集団訴訟が起きている。

 以上は数例にすぎないが、福祉・社会保障制度が手直しされたことやその内容に異議を唱えるためにやや詳しく紹介したわけではない。国民生活にとって身近で重要な制度を大改正直後に手直しせざるをえないという“こと”の本質を問わざるを得ないからである。

 近年の障害者福祉制度、生活保護制度、介護保険制度等の改正は、いずれも「自立」ないし「予防」を促進するといった名目を掲げて行われた大改正であったが、経済財政諮問会議のこれまでの「骨太の方針」にもとづいて社会保障財政の抑制を意図したものであることは今や誰の目にも明らかである(DIO・No.198視点参照 )。そしてその結果が、民意とますます乖離し社会の二極化を進め、各種世論調査やアンケート調査に示されているように国民の将来不安を深めているという事実こそ大問題なのではないか。「障害者自立支援法」についてあえて言えば、法の施行から間もないこの時期に、障害者福祉サービスの年間総費用の約3割に相当する1,220億円の特別対策が必要だということは、この制度そのものに疑義が生じるのは当然のことである。さらに指摘すれば、このような大幅な制度の手直しが行政の裁量で行われるということ自体法治国家のあるべき姿としてどうなのか、大きな疑念を抱かざるを得ない。

 このような批判に対しては、前政権時代のことで安倍政権とは無関係だという反論もあろう。確かに、再チャレンジ支援策や成長力底上げ戦略は、一見すると従来の政府路線と異なるように見える。しかし打ち出されているどの施策も、本当に求められている基本的事柄には触れられていない。格差拡大社会の象徴である働く貧困層(ワーキングプアー)増大への体系的な対策は無い上に、例えば、いわゆるフリーターへの職業能力形成支援では教育訓練を受ける期間の生活保障に全く言及していない。また最低賃金の引き上げについて、具体的に示されている内容は政労使の新たな合意形成システムづくりだけである。厚労省が昨年12月に関係審議会に提出した資料によれば、都道府県別に決められる最低賃金の現行平均額は673円で、月額換算試算では10都道府県で生活保護費(生活扶助基準+住宅扶助)を下回っている。西欧先進国ではすでに常識になっている最低生活保障を超える最低賃金水準を確保するという国家目標を、今こそ打ち出すべきではないか。

 前政権も安倍政権の政策も、経済成長が促進されれば社会的危機は解消されるという一面的な立場が優先され、人間の尊厳・労働の尊厳の確保を最優先するという理念は全く見られないが、「社会的な危機を解消することこそが、むしろ経済を活性化させる」(ノーベル賞受賞経済学者スティグリッツ)のであり、助け合いの連帯社会に向けて社会の共同事業と各々の分担を明確にすることこそが今日の中心課題と言えよう。

(地の塩)


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