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寄 稿
適正な所得再分配政策はどうあるべきか
専修大学経済学部教授 町田 俊彦

 1 「小さな政府」指向の財政健全化で格差拡大・貧困増大

 2001年以降、財政健全化が最優先の政策となり、歳出削減と中低所得層をターゲットとした増税が重要な政策手段になっている。「小さな政府」・「効率的な政府」を目指す歳出削減は無駄を減らす政策と受け取られているが、数年間で数兆円規模の歳出削減を達成しようとすると、主要なターゲットは社会保障給付費の削減に置かれる。日本の社会保障給付費の規模は高齢化のピークにおいてもヨーロッパの先進国と比較して大きくはないという点に留意しなければならない。2025年度の国民所得比の社会保障給付費は33.5%(01年の北欧・ドイツ・フランスよりも低い)になると見込まれていたが、財政健全化第T期に年金(04年)、介護(05年)、医療(06年)という3大分野で改革が行われた結果、2025年度の社会保障給費は26.1%に抑えられた。さらに「骨太の方針2006」には、財政健全化第U期の5年間における社会保障費の1.1兆円削減が盛り込まれている。

 歳出削減とならぶ財政再建の政策手段は、中低所得層の負担増を狙う増税政策であり、消費税増税が柱である。政府・与党が参議院選挙前に「増税隠し」をしている間に、財界は消費税の引き上げを提唱している。基礎年金あるいは社会保障費の国庫負担を消費税で賄おうとすると、そのために必要とされる消費税率は2015年に約12%あるいは約18%と国民に受け入れがたい高さになる。企業から個人への負担転嫁が行われることによる。負担の中心を消費税に移すと、現役労働者から自営業者や高齢者に負担がシフトし、「水平的公平」が図られると主張するエコノミストが多いが、企業から個人への負担転嫁という最も重要な変化を覆い隠す議論である。

 「小さな政府」指向の財政健全化政策により、高齢者や現役労働者の中低所得者に対する生活支持機能は決定的に弱まっており、一層の格差拡大、貧困の増大がもたらされる。


 2 「生活重視型」成長戦略への転換と企業の公的負担の適正化

 安倍内閣は成長重視の経済政策を標榜している。財界や安倍内閣の成長戦略は、過度に輸出に依存しており、アメリカの「双子の赤字」拡大という国際経済の不安定要因を考慮すると、基盤が不安定である。代替的な成長戦略は、正規雇用者と非正規雇用者の労働条件の均一化と労働時間の短縮、立ち遅れている家賃補助等の住宅政策を含む福祉の改善、主要国で最も低い教育への公費支出の引き上げといった「生活重視型」成長である。「生活重視型」成長戦略により、需要サイドの成長基盤を強化され、少子化を逆転させる必要条件を整え、教育水準を引き上げることにより、供給サイドの成長基盤が強化される。

 「生活重視型」成長に転換するためには、「小さな政府」指向から脱却することが必要であるが、そのためには企業にヨーロッパ大陸諸国並みの公的負担を求めることが前提となり、その上で再分配機能を回復させる方向で個人に関わる税制を再構築することが課題となる。財界は日本における法人所得課税負担が重いと強調するが、社会保険料事業主負担は軽く、両者を合計するとOECD平均を下回っている。所得再分配政策の柱となる社会保障給付を改善するには、年金、医療の社会保険制度を企業に適正な負担を求めつつ、再構築することが主要な課題となる。正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差を縮小しつつ、被用者保険の加入を非正規雇用者にまで拡大することが最優先課題となる。社会保険料事業主負担については支払給与総額に保険料率を乗じて納付額を決定する方式を採用すべきである。この方式はすでに労災保険や児童手当で導入されている。


 3 直接税制の再構築と「包括所得税」

 税制では、垂直的・水平的公平と税収調達力の確保を狙いとして、直接税制の再構築を図ることが最優先課題となる。所得税の累進性を回復しようとすると、労働意欲や労働供給にマイナスとなり、日本経済を衰退させるという議論がなされる。しかし一見もっともらしいこうした議論は、先進諸国の分析では正当性が実証されていない。税制は労働供給に影響を及ぼす非常に重要な要因ではない。「主たる稼ぎ手」の場合、働くかどうか、何時間働くかについて裁量の余地は小さい。昇進意欲等から、高い限界税率を適用されるエリート層は長時間労働を厭わない。税制が影響を及ぼすのは、日本の主婦の「103万円の壁」にみられるように、「二次的な稼ぎ手」についてである。税制が経済活動に影響を及ぼす主要な要因ではないということは金融所得課税についてもあてはまる。

 総合性・累進性・最低生活費免税・差別課税(稼働所得軽課、資産性所得・投機的所得重課)を基本的要素とする現代所得税(「包括的所得税」)の確立が柱となる。利子、配当、証券・土地譲渡所得を総合課税に組み入れるとともに、最高税率を55%(1999年改革前の50%プラス地方からの税源移譲分3%に近似)に引き上げる。課税最低限は生活費を基準とする購買力平価で換算すると、主要国の中では高いとはいえない水準まで引き下げられている。低所得層へ減税効果が及ぶ「還付型」税額控除の導入など再分配機能を高める改革に重点を移すべきである。2004年にオーストリア、ベルギー、カナダ、フランス、ドイツ、ニュージーランド、イギリス、アメリカなどで採用されている。

 「包括的所得税」の確立の条件整備として「納税者番号制」を導入すべきである。政府税調と旧大蔵省・財務省は、長い間「納税者番号制」を検討してきたものの、「プライバシーの侵害」に対する納税者の不安を理由として、導入を先送りしてきた。住基ネットのようなプライバシー侵害のおそれが大きいシステムを導入しておきながら、税務に利用が限定される「納税者番号制」の導入をためらっているのは、支持基盤である高額資産家層の利益の擁護を優先しているからにほかならない。



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