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報告
「雇用における公平・公正」
―雇用における公平・公正に関する研究委員会報告―

公正を保障する雇用労働法制、公平を確保する均衡待遇協議の強化・促進を

1.問題意識と主な課題の提起

 本研究報告(主査:島田陽一・早稲田大学教授)は、パート労働者など非正規労働者の賃金・労働条件および雇用における格差、および正規労働者の労働の在り方の歪みについて現状分析を行いながら、労働法学、人的資源管理論、労使関係論、社会学、社会保障法などの研究者が、日本における「雇用における公平・公正」の考え方、方向性について検討し、論文としてまとめたものである。

 日本における雇用の現状は、パートタイム労働者、契約社員、派遣労働者など非正規労働者がこの十年間に急増し、今や雇用労働者の3分の1を占め、これら非正規労働者の賃金、労働条件また社会保険適用率は正規労働者に比較して格段に低いという社会的な格差が目立つ。さらに正規労働者の賃金、雇用のあり方についても、男女の賃金格差が依然として大きく残るとともに、正規労働者間の賃金格差もかなり大きく、また一部の労働者に長時間労働が集中するなど、日本では雇用・労働は持続可能性を欠いてきている。

 以上のような雇用における格差や歪みは、社会的に「公平・公正」ということができるであろうか。パート労働者や男女の賃金格差については幾つか判例がでているが、これらの雇用形態における格差問題について、日本では法律においても労使関係においても正面から公平・公正のあり方を論じたものは少ない。

 本研究委員会は、日本の雇用における格差の現状分析を踏まえながら、それぞれの専門領域の知見から雇用の公平・公正の考え方について相互の意見交換を深めることに力を注いだ。そして各研究者がその研究分野の視点から、日本の雇用における格差問題を対象にして「公平・公正」に関わる論考をとりまとめることとした。委員会としては「雇用における公平・公正」のあり方、考え方の共通見解をまとめることはしていない。しかし、これら各委員の研究論文は、「公平・公正」の視点から検討すると日本の雇用格差は公平・公正とは言えないと共通に指摘している。労働者の生活保障の視点に立った「公正」の観点からは、低い賃金や大きな賃金格差は公正とはいえず、その問題を解消する法政策が必要なことを論じている。また均衡待遇、均衡原則による公平の達成のためには、現場の均衡の基準が必ずしも明確でなく、関係者の参加や苦情申し立ての制度が不十分であるなどの手続き上の公正性が薄いことを指摘している。さらにジェンダー論の立場からは、日本の労働・雇用のあり方が、生活とのバランスを欠いている現状の問題点が提起されている。

 報告書の構成は、問題意識と検討結果の主な論点を紹介した総論、10本の論文を編集した本論からなる。本論では「『雇用の公平・公正』の考え方」,「日本における雇用格差と『公平・公正』」、および「労働組合と雇用の公平・公正」との3部構成により10本の論文を編集している。


2.日本における雇用格差と公平・公正の現状

 本論第2部「日本における雇用格差と『公平・公正』」からまず紹介しよう。ここでは,「非正規労働者の雇用・労働条件と公平・公正」(小倉一哉:労働研究・研修機構主任研究員),「ジェンダーと公平・公正な働き方」(西川真規子:法政大学教授),「社会保障制度における短時間就労の取扱い?公平・公正の視点を手がかりとして?」(菊池馨実:早稲田大学教授),「賃金分配における公平・公正?報酬システムの変化から受ける影響についての考察を中心に」(宮本大:同志社大学COE特別研究員)の4つ論文を収録している。

 小倉論文(第4章)は,「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(厚生労働省)の個表データを分析し、非正規労働者の増加は人件費削減のための労働需要側の要因が最も強いこと、また非正規労働者の時間給が正規労働者に比べて低いこと、さらに厚生年金,健康保険などの公的制度の適用率が低いことを紹介し、「公平・公正」という観点から見たとき非合理的な格差があると指摘する。その格差の要因としては、@雇用保証の相違、A非正規労働者の賃金が正社員とは別の市場で決められていること、B非正規労働者の労働時間が正社員に近づいていることを挙げる。そしてこの非合理を是正するために、基幹化した非正規労働者に対しては「生活できる賃金」を早急に確立すべきと論じている。

 西川論文(第5章)は、雇用社会とジェンダーに基づく男女役割分業が相互補完的に発達してきた経緯を述べ、90年代のグローバル化を契機にその補完関係が崩れてきた様子を説明する。そして今後のジェンダーフリーな雇用社会を目指して、雇用の場のみならず生活の場(家庭や地域)においても、ジェンダーに基づいた性別役割分業を解消する必要があると課題を提起する。その上で2006年連合生活アンケート調査データを用いて、男女の働き方と生活の関連性の実態を分析し、変化の方向を論ずる。現状では、男性が正社員として働き、女性はパート・短時間労働者として働くパターンが多く見られるが、同時にこのモデルに則さない働き方が登場しているとする。それは@アルバイトや非常勤など親から経済的独立を果たせていない若年男性、A独居あるいは親と同居しながら派遣社員や契約社員として働く若年女性、B正社員退職後に非正社員就業を選択した高齢層の男性、C正社員である既婚女性であり、これらは新モデルの働き方であると指摘する。そして労働の生産性が高く、かつ生活者としてのQOL(生活の質)も高いワークライフバランスの観点からは、妻が正社員の場合における男性の働き方が男性のワークライフバランスをもっとも良くしていると指摘している。一方、男女正社員の30代、40代では仕事に偏ったバランスとなっており、この層への支援が必要と主張している。

 菊池論文(第6章)は、社会保障法学の視点から、短時間労働者(パートタイム労働者)への社会保険の適用のあり方につき、最終的には生活保護の対象になるとしてもなお社会保険の適用場面においてカバーされない対象者への保障のあり方を論じる。そして@雇用保険における週20時間未満の短時間労働者、A健康保険における4分の3要件に満たない労働時間・労働日数にとどまる者について、前者には直ちに適用範囲の拡大をすべきとは言い切れないが、後者については所得保障の側面から傷病手当金制度の存在は無視できないとして健康保険、公的年金の適用拡大を提言している。また短時間労働者への生活保障の必要性という観点に加えて、新たな公平性という視点から、厚生年金保険法、健康保険法での適用拡大が望ましいと論じている。

 宮本論文(第7章)は、賃金分配における手続き的公正と分配結果の平等の視点から、連合の「賃金制度調査」の組合データを分析し、従業員の賃金分配における公平・公正の現状の評価、さらには成果主義的な報酬システムの行方について労働組合の課題を提起する。成果主義の導入には手続的公正性のルールが重要であるが、実態ではその取り組みは十分とはいえないと指摘する。また公正は誰が主導的に進めるかで変化するとして、現在の企業主導では手続的公正性が不十分で賃金水準の低下、格差拡大の方向に進展しているとし、公正性に対する労働組合のコミットメント強化が必要であると論ずる。さらに今後の企業経営では株主の発言が強まりつつあり、したがって労働組合は、成果を生み出すプロセス全体を視野に入れた株主、経営者を含めた企業収益の分配の公正問題、さらに手続き的公正と分配結果の平等のバランス問題についても活動領域を広げる必要があると指摘している。


3.「雇用における公平・公正」の考え方と今後の方向

 この論点は本論第1部において検討されている。この第1部は「雇用における公平・公正―労働法学の視点から」(島田陽一:早稲田大学教授),「公正性をどう考えるか:組織内公正性論の視点から」(守島基博:一橋大学教授)、および「雇用における差別禁止と平等規整の国際的状況」(根本到:神戸大学准教授)の3つの論文からなる。各論文ともに、現在の各研究分野の分配の公正性・公平性に関わる研究成果と近年のその傾向を考察しながら、今後の日本における雇用における公平・公正の考え方を提示している。

 島田論文(第1章)は、公平を「均分的正義」、および公正を「適法性」,「権利尊重」及び「配分的正義」を示す概念として定義し、労働法の視点に立ち、日本における雇用の現状は、多くの国民が安定した雇用を展望できないことに雇用における公平・公正の欠如が生じていると論ずる。そして雇用の安定の喪失は、@増加したパートタイム労働者・派遣労働者などの非正社員が経済的に自立が可能でなく、将来展望を持ちえないこと,A現在の企業形態および企業の労働調達方法の多様化に対し勤労者が対応できないこと,B男性正社員中心の日本型雇用慣行がジェンダーおよびワークライフバランスの視点から再検討を迫られていることが要因であると指摘する。したがって、雇用における公平・公正を取り戻すためには、@伝統的な2者当事者間の労働関係を基本モデルとする労働法制ではなく,複雑な労働関係に適合的な法的規制を考えること,A雇用平等を実現する法政策を積極的に行うべきこと,B雇用形態の区別なしに安定した生活が確保できるように労働法の内容及び社会保障・税制を大幅に見直こと,C企業に多様な成員がいることを前提とした労使の集団的コミュニケーション制度を確立することなど、雇用の安定を図る労働法制の確立が必要であると論じている。

 守島論文(第2章)は,経営における人的資源論における公正性の議論を引用しつつ、日本企業の組織では衡平と平等のバランスの視点から公正性を検討する必要があること、特に近年においては平等原則から組織・企業への貢献の程度に応じて分配する衡平原則に分配の考えが大きく移行していることから、資源分配のあり方および不平等の是正方法の議論をより深める必要があると指摘する。そして衡平性原則により公正性を確保するためには、@比較対象に誰を選ぶか、A何を基準として貢献評価を行うか、B何を報酬と考えるのか、C不衡平をどこまで許容するかの合意こそが公正性の要点だとする。その上で合意の達成の難しさを克服する手段として、「過程の公正性」(Procedual Justice)の考え方が重要であると指摘し、労働者が分配決定過程に参加したり、事後的な紛争処理を行ったりする過程の公正性の施策を導入する必要性があると論ずる。この考えにより日本の企業の現状を分析し、衡平原則の普及にもかかわらず、「過程の公正性」施策が遅れていると指摘し、それらの普及をはかることが衡平原則の確立には不可欠だと提言している。

 根本論文(第3章)は,「公平」概念に着目して、雇用における差別の禁止や平等規整に関わるEU,アメリカおよびドイツの状況を紹介している。EUおよびドイツにおいては90年代以降には雇用差別の例外的事由を列挙するなどの調整システムを備えた雇用差別禁止法制や雇用形態に基づく諸権利(例えばパート労働からフルタイム労働への転換など)が整えられつつある。またドイツでは2006年8月には一般平等取扱法と呼ばれる包括的な差別禁止立法が制定されたが、この法律では雇用差別禁止を基本的人権の一つとして位置づけているが、同時に差別の認定を厳格化する傾向もみられると指摘する。そして競争秩序の維持の観点からも雇用差別禁止法制は大きな役割を与えること、またEUなどの国際的傾向から考えて、日本においても雇用差別禁止法制の拡大が望まれると論じている。


4.雇用における公平・公正に向けた労働組合の活動

 第3部は雇用における不公平・不公正に対し労働組合がどのような活動を行っているかを論じた3つの論文である。一つは「雇用の非正規・不公正・不公平」(龍井葉二:連合非正規センター総合局長)、二つには「非正社員の労働組合加盟と均衡待遇への労働組合の活動―伊勢丹労働組合の事例から」(山脇義光:連合総研研究員)、三つには「派遣労働者の実態と派遣法改正への労働組合の対応」(会田麻里子・大谷直子:連合総研研究員)である。いずれも労働組合関係者が非正規労働者にかかわる労働組合活動を分析したものである。

 龍井論文(第8章)は、非正規雇用が増大し富める者と貧しい者の格差が拡大する二極化のなかでの非正規雇用問題およびパート労働法改正の問題点を論ずる。 非正規雇用問題は、グローバル化に直面する先進国共通の課題であると同時に、戦後的秩序の解体に直面する日本社会の危機を象徴する課題であると指摘し、その解決のためには企業中心・家族依存といった社会の枠組について、市場中心・自己責任の方向ではなく、開かれた共同性・連帯の方向へ再構築することが必要であり、均等待遇ルールや転換制度の確立と共に、男女がともにワーク・ライフ・バランスが可能となる働き方への改革が必要であると論じている。また2007年のパート労働法改正では、「指針」を法律に格上げする考えが基本となったこと、「差別禁止」規定が法定されたがその適用対象はきわめて狭いことなどの問題点を指摘し、均等処遇実現のためには転換制度の適用などの労使協議の実施、均等待遇の基準設置などの労働組合の活動が重要だと提起している。

 山脇論文(第9章)は、日本の労働組合の非正規労働者に対する組織化や均等処遇に関する方針議論などの最近の活動状況を概観した後、伊勢丹労働組合の事例について、当該労働組合がパートタイマーおよび契約労働者の非正規社員をどのようにして労働組合に組合員として加盟を実現したか、同労働組合がそれら非正社員の「均衡処遇」方針を労使で確認し、賃金・労働条件でどのようにして均衡処遇を実現したかの経緯をまとめている。伊勢丹労働組合の事例では、同労組へのヒアリングから@百貨店職場での非正社員の活用の経緯、Aその非正社員の労働組合加入の経緯と雇用・労働条件の改善の活動、B伊勢丹における「均衡待遇の考え方」の労使合意とその具体化の活動について、その経緯と条件改善の成果を紹介している。

 会田・大谷論文(第10章)は、日本における派遣労働者の雇用の実態について分析してその雇用形態の問題点を指摘するとともに、派遣労働者に関わる法制度および派遣労働者に対する労働組合の最近の活動を取りまとめている。派遣労働者の雇用実態については、厚生労働省の「労働力需給制度についてのアンケート調査)」、連合の「連合非典型労働者アンケート調査」の調査結果から、賃金と労働条件及び公的社会保険における格差の現状を分析している。そしてこの派遣労働者に対する労働組合の加入活動について二つの組合事例により紹介している。また日本労働組合総連合会(連合)が労働者派遣制度に関わる政府審議会および国会での法律改正に対して労働組合の立場から実施した法案修正の活動を紹介している。その上で多くの問題点を抱えた派遣労働者の現状に対して、労働組合が派遣労働者を積極的に組合参加させて、その労働条件改善と法制度の改善を結びつける活動が重要であると論じている。


5.雇用における公平・公正に向けた今後の課題

 以上に見たように非正規労働者の雇用・労働条件格差や正規職員間の賃金格差などの不公平、不公正を正すためには、非合理な差別に直面する労働者の労働生活を保障する雇用労働関係法の強化が必要であり、また均等・均衡待遇を確保する手続き的公正性の諸制度である労働者の参加・協議促進、苦情処理制度の整備、また労働組合の非正規労働者の参加が重要になっている。

 本報告書の論文では、これら法制整備や均等・均衡処遇を促進するために今後に取り組むべき幾つかの課題についてさらに指摘している。法制度の整備では、パート労働者、有期契約労働者に対する不当な差別を禁止する法律の制定が必要であること、また労働が最低生活を保障するために最低賃金法の強化、さらに短時間労働者に対する社会保障制度の適用拡大が重要であることである。さらにこれら労働関係法の実効性をたかめるために、監督の強化、情報への労働者のアクセス拡大なども今後の課題であることが指摘されている。

 均等・均衡処遇の条件整備では、均等・均衡の基準の明確化の重要性を指摘している。また、均等・均衡基準の実施では関係者の参加、発言(苦情処理など)の制度を整えることが公平達成の必要条件(公正性確保)であることを論じている。

 さらにこれら法制度改善などの実現においては現在の労働のあり方を抜本的に改善することの必要性を指摘している。グローバル化した世界における雇用・労働の条件悪化に対して、ILOは「すべての者が,労働者の権利が保障され,雇用形態にかかわりなく、社会的差別もなく、生産的な雇用によって相応な生活ができる状態」のディーセント・ワーク(decent work)の実現を各国政労使に呼びかけている。このILOのディーセント・ワーク(尊厳ある労働)は「雇用における公平・公正」の実現をめざすものということができる。

 日本の労使関係は,経済競争のグローバル化に規定されて,多様な領域において従来の雇用慣行を見直すように迫られてきた。企業における正社員比率の低下と非正社員比率の上昇などの雇用形態の多様化や,正社員における年功的な処遇から成果主義的な処遇への変更などがその例である。また正社員比率の低下などの動きは,日本における労働組合の組織力低下を招いている。

 「雇用における公平・公正」を実現するためには、雇用形態の変化、労使関係の変化がもたらす問題を解決していく活動が欠かせない。これら雇用慣行の見直しが働く人々の雇用の安心・安定を脅かす場合には、その弊害を解決すること(法制化、協議・協約、諸活動)なしには雇用の公平・公正を実現することはできないからである。また本研究報告では、雇用における格差を解決するには労働と生活のバランスを回復するワーク・ライフ・バランスが必要であると論じている。雇用における公平・公正の実現は、労働者が労働に生きがいを持ち、社会生活に希望が持てる働き方を作り出すことである。労働のあり方をワーク・ライフ・バランスのとれたもの、そしてディーセント・ワークに改めることは日本における労働・雇用に持続可能性を回復させる課題であると言うことができる。



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