HP DIO目次 DIOバックナンバー

寄 稿
ワーク・ライフ・バランスと労働時間選択の自由

亜細亜大学経済学部准教授 権丈 英子

仕事と仕事以外の生活のバランス

 仕事と仕事以外の生活について、かなり多くの日本人は、バランスがとれていないと感じているようである。例えば、連合総研の「第14回勤労者短観」(2007年10月実施)によれば、「仕事と仕事以外の時間配分」について、「現状の時間配分でよい」と回答した者は20-59歳の雇用者の39%、「仕事をしている時間を減らしたい」44%、「仕事をしている時間を増やしたい」6%であった(残りは、「時間配分について考えたことがない」10%、無回答1%であった)。この質問に対する正社員のみの回答では、男性の51%、女性の49%が「仕事をしている時間を減らしたい」と答えている。こうした現状に比べ、仕事と仕事以外の生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)が実現された社会とは、もっと労働時間に関する選択の自由があり、人々の満足度も高い社会であることが期待される。


なぜ長すぎる労働時間のもとで働いているのか?

 なぜ多くの日本人は、仕事の時間が長すぎると思いながらもその時間で働いているのであろうか。経済学は、労働供給者である個人は、与えられた賃金率(時間当たり賃金)の下で、所得と余暇(仕事以外の時間)について効用(満足度)が最大となるように、労働時間(仕事の時間、同時に仕事以外の時間も決定される)を選択するという基本的枠組みを提示する。したがって、現在の労働時間は各人の合理的な選択の結果であるとみなされることになる。

 ところが、多くの場合、労働需要側の企業により実際に提示される就業機会には、すでに労働時間が定められており、労働時間を選択する自由は労働者側にはない。個人には、定められた労働時間と賃金率(および他の労働条件)のパッケージに対して、働くか働かないかという二者択一の選択肢しか与えられていない。このため、個人は、働く方が働かないよりも高い効用をもたらすならば、労働時間に多少不満があったとしても働くという選択をせざるをえない。他方、働いている個人は、育児や介護、あるいは他の事情で、仕事以外の時間に関する選好が強まると、退職せざるをえない。

 もっとも、最近では、パートタイム労働をはじめとする柔軟な働き方の選択肢が増えてはいる。確かに、これらの働き方は、労働時間を選ぶことができるかのようにみえる。しかしながら、こうした就業機会は、大幅に低い賃金率とセットになっていることが多い。ゆえに、労働者にとっては労働時間を自由に選択できるとはいえない。こうして、多数の労働者は必ずしも理想的とはいえない労働時間で働いているのである。


ワーク・ライフ・バランス制度は、労働時間選択の自由度を高める

 最近は、ワーク・ライフ・バランスに関する様々な制度を導入する企業が増えてきた。これらの制度は、基本的に、賃金率や他の労働条件を大きく変えることなく、労働者が、ライフ・ステージに応じた選好に合わせて労働時間を選択する自由度を高める。

 たとえば、各種休暇・休職制度や短時間勤務制度は、育児・介護や本人の病気等、所定の事由が生じた場合、一定期間、仕事から離れたり労働時間を短縮したりするなど、労働時間選択の自由度を高める。また、フレックス・タイム制や始業・終業時間の繰上げ・繰下げ制度などは、働く時間帯に関する制約を緩和する形で、労働時間についての自由度を高める。

 こうして労働時間選択の自由度が高まると、賃上げがないとしても、労働者はより高い効用(満足度)水準を享受できるようになる。そして、これによって、企業は、労働者の離職を抑えることや、モラールの向上などのプラスの効果が期待できる。


労働時間選択の自由が認められた社会

 このようにワーク・ライフ・バランスの様々な制度は、突き詰めれば、労働者が一定の条件下で労働時間を選択する自由を保障する制度ということができる。この点、直接的に労働者に、労働時間選択の自由を認めることにより、ワーク・ライフ・バランスの実現に取り組んでいる国がある。それは、パートタイム労働とフルタイム労働との間の均等待遇が保障され、パートタイム労働者の割合が先進国中最も高いオランダである。

 この国では、2000年の労働時間調整法(通称パートタイム労働法)により、労働者は、労働時間を短縮・延長する権利が認められた。例えば、労働者は、時間当たり賃金を維持したまま、子育て期に労働時間を短縮したり、子供の成長に合わせて労働時間を延長したりできる。さらに、労働時間の変更には、その理由を問われないため、単身者や子育ての終わった男女が、この制度を利用することも多い。

 こうしてオランダは、現在、一時点におけるワーク・ライフ・バランスに加えて、生涯を通じたバランスがとりやすい社会、すなわち、個人のライフ・ステージにおいて、働くことに重点を置いたり、家庭やそれ以外の活動に重点を置いたりと、重点を変更でき、変更しても大きなペナルティがない社会になっている。


ワーク・ライフ・バランス社会の方向

 さて、日本やオランダに比べて早い時期から女性の社会進出が進んだ北欧やアメリカなどでは、現在では、ワーク・ライフ・バランス制度を活用しながら、育児期などを例外として、男女がともにフルタイムで働くことがかなり一般的となっている。これに対して、前述したようにオランダでは、労働者に労働時間選択の自由を認め、フルタイム労働だけでなくパートタイム労働も1つの働き方とみなしながら、男女がともに仕事と仕事以外の活動をする社会を築いてきた。もっとも、オランダにおいて、すべてがうまくいっているわけではなく、パートタイム労働者の長期的なキャリア形成や、パートタイム労働者にはやはり女性が多いという男女間格差の問題についての議論もある。

 しかしながら、これから日本が目指すワーク・ライフ・バランス社会を考えるとき、労働者の労働時間選択の自由を認めたオランダのアプローチは、北欧やアメリカなどとは異なるワーク・ライフ・バランス社会の方向を示唆しており、興味深い。


HP DIO目次 DIOバックナンバー