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寄 稿
定点観測調査の意義―勤労者短観の経験を通じて―

労働政策研究・研修機構 特任研究員 今田 幸子


時代背景

 連合総研は2001年から春と秋の年2回、「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート調査」(通称『勤労者短観』)を実施している。この調査は働く人びとの意識についての定点観測を目的としている。最新板は通算15回目の調査になるが、継続は力なりの諺通り、毎回、有益で重みのあるメッセージが本調査から配信されている。

 調査がスタートしたのは労働世界が大きく転換を迎えた時期であった。人びとはかなりの確かさで変化を実感していた。雇用社会を秩序づけてきた日本的雇用慣行が大きく揺らぎ、加えて日本経済が二流へと転落するのではとの危機意識が高まる中で、社会への信頼は僅かに持続していたものの、勤労者の生活は全く予断が許されない状況であった。今後、雇用や生活はどのように変化するのか、その方向を見定めることが当時の最優先の課題であり、関心事であった。

 こうした時代を背景に、働く人びとが変化をどう捉え何を望むのか、その実態を的確に捉えることが重要との判断に基づいて、勤労者の意識を継続的に把握することを目的に、働く人びとの判断や意見を定点観測する「短観調査」がスタートした。


定点観測

 定点観測は、元来は、気象予測のために開発された手法である。特定の地点を決めて、当該地点の気圧、風力、温度、湿度、雨量等のデータを継続して収集し、各地点のデータを基にして、台風の進路や梅雨前線の動き等の気象予測をする。近年は、衛星による雲の動きや海流の温度等についての情報収集、各種のアドバルーンを用いたデータ収集等、収集ツールが次々に開発されデータ収集が多様になっているが、一定の位置における継続的な観測(場所と観察項目の固定という意味で定点)は、今日でも依然として有効な方法である。定点観測は、気象だけでなく、今日、広い分野において基本的な調査法として定着している。

 短観調査では、景気、雇用、暮らしについて人びとがどのように認識しているかという、勤労者の意識に着目して、固定の調査項目について継続的に定点観測を行っている。そして、気象予測と同様に、収集されたデータに基づいて、変貌する労働世界の実態や変化の方向性を明らかにすることを目指しているのである。


意識調査

 以上のように、短観調査は定点観測調査であるが、意識を対象にした調査でもある。いうまでもなく、意識は実態(事実)そのものではない。意識調査は、景気や雇用の動向を把握するための企業投資や消費支出、雇用・失業状態というような事実を問うのではなく、景気や雇用についての、人びとがどのように認識し関心をもっているかという、主観的リアクションに注目するものである。

 したがって、意識調査については、第一に、得られた情報は実態それ自体ではないこと(実態と意識の乖離)、第二に、事実についての調査と比較して不安定で不確実性が高いこと(情報の精度)、に留意する必要がある。

 第一の実態との乖離の問題は、意識調査は禁欲的であるべきことを提起している。つまり意識調査の結果を実態として読み誤ることはあってはならないし、許されないことなのである。だが、乖離は、意識調査の存在意義を示すものでもある。というのは、意識は、人びとの関心やニーズであるとともに、変化の兆候や可能性を表示するものだからである。預言の自己成就といわれるような、人びとの予測が現実になることは社会現象には多々ある。さらに、意識の背後にある構造との関係も重要になる。例えば、バブルが弾け低経済成長期に入り実質賃金の低下がみられたにも拘わらず満足度が低下しないのはなぜか。逆に、バブル期に指摘されたことだが、賃金が毎年上昇しているにも拘わらず、満足が低下するのは何故か。この謎を解く鍵として、労働時間の長短、働き方の多様化、等々の雇用社会の諸変化との関係が示唆される。このように、実態と意識の乖離は、それ自体として重要な情報なのである。

 第二の精度の問題は、意識調査の問題点としてたびたび指摘されてきた。例えば、意識調査では調査票のワーディングによって結果が強く左右される。また、イヴェント効果と呼ばれるような調査時の社会環境によって強く規定される。例えば、大きな事故や災害が起きた時には、安全への不安が高まり、安心や安全への期待が高まる。疑獄事件が露見した時には、政治不信や正義への期待が高まる。大きな倒産やリストラが顕在化した時には、企業への不審や将来不安が高まる。突発的な事件によって一時的に変化が起きる。もちろん、そうしたイヴェントによる変化が重要な場合がある。だが、大きな趨勢にとってはそれらが一種の撹乱になり、一連の変化を読み誤る可能性があることは否定できない。
意識調査にはこうした不確実性や不安定性の問題が確かにある。しかし、ワーディングやイヴェント効果等による不確実性を回避し精度を高める方法がある。それは一時点の調査結果による解析ではなく、固定した調査項目を継続的に測定し変化を追跡する方法である。本論で論じている定点観測はこの方法の一つである。


今後への期待

 要するに、意識についての定点観測は、時代が変化の位相にある時、変化を敏感に把握し課題を明らかにするツールとして、大きな可能性を持っているということである。

 調査が開始されて以降、今日までの日本社会は、景気は回復したものの、雇用世界の混迷が象徴する様に、再編の兆しすら見えない状況である。働く人たちが信頼できる雇用の仕組みを早急に構築することが切望されている。働く人たちの生の声は、今後の雇用の構築作業には不可欠である。短観調査が配信するメッセージへの期待が高まるのである。



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