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理事長コラム
『時代を見つめる』

「突然の訃報」

File.342018年10月31日発行

突然の訃報に驚く。連絡を受けてもなお、何人かの関係者に確認せずにはいられなかった。9月30日で終了するTBS「時事放談」のラスト2の9月23日放映では、自民党の石破衆議院議員とともに出演し、いつもと変わらぬ仙谷節だったのだが。おそらく9月21日に録画したものだろう。次に会う日が2週間後と決まっていたのに。享年72歳、あまりにも早い他界だった。

仙谷さんは1990年に初当選したが、1993年の総選挙では落選。その後社会民主党を離党、1996年結成されたいわゆる「旧民主党」に参加することになる。したがって、1993年の8党派の連立政権誕生の時は落選の身であった。1996年の総選挙で政界復帰するが、2002年胃がんにおかされ全摘手術。回復後は要職を歴任し、2009年政権交代以降の活躍や出来事は、ご存知の通りである。そして2012年の総選挙で落選し、2014年政界引退を表明した。

私が最初に仙谷さんと合ったのは、2002年東京に居を移してからで、まさに仙谷さんの病気療養後となる。特に民主党政権の時は、私が連合会長であったこともあり、朝・昼・夜と関係なくお会いして意見交換させてもらった。2012年以降も年に3回程度お会いし、様々なことを意見交換した。仙谷さんは、政治はもちろんのこと社会・経済・産業・歴史・文化を含めて極めて広範囲な知識・知見の持ち主だ。後輩の政治家の話になると「経営者、マスコミ、学者、官僚と意見交換してないんだろう?」「泥を被る奴が誰もいない」が口癖だった。

最後にお会いしたのが5月31日。政治情勢は言うまでもなく、ご本人が学生時代の時の中国の核実験論争、螺鈿の技法、そして日本初の近代的国語辞典とされる明治期に編纂された「言海」などなどいつも通り様々な話題であった。ただ、気になったのは、治療をしていたことや国会議員を卒業して精力的にやっていたゴルフを暫くやっていないことなどが・・。「また、本調子になったら声をかけるから、奥さんも一緒にゴルフやろう」が最後に聞いた言葉である。もう一つ残念なのが、9月19日の仙谷さんが主宰する「21世紀改革研究会」の朝食勉強会だ。連合会長を退任しても、日程が合えば出席していたこの勉強会。この日も参加したかったのだが、出張が入って出席できなかった。参加してお会いしていれば・・残念でならない。最後にあった5月31日、刈部直氏の著書「維新革命の道」を読むように薦められた。日程調整が整っていた次回11月2日には、この本を話題に議論をしようと思っていたのだが。

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