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理事長コラム
『時代を見つめる』
古賀 伸明

「ILO創設100周年と渋沢栄一氏」

File.442019年8月26日発行

国際労働機関・ILO(International Labour Organization)は、今年創設100周年を迎えた。

1919年、第一次世界大戦後の大不況での労働者の不満、労働争議の頻発やロシア革命の影響で労働問題が大きな政治課題となる中、国際的に協調して解決すべきと、パリ講和会議でILO創設を検討するための国際労働立法委員会が設立された。そして、同年6月に採択されたベルサイユ条約の第13篇「労働」が、ILO憲章の基となった。

第二次世界大戦後は、国際連合の最初の専門機関となり、本部をスイス・ジュネーブに置く。ILOの根本原則が確認されたのは、1944年5月、アメリカのフィラデルフィアでの第26回総会であり、その場で採択された、「労働は商品ではない」をはじめ世に言う4つの「フィラデルフィア宣言」である。

ILOは100周年行事の一環として、2013年に「仕事の未来100周年イニシアチブ」をスタートさせ、今年1月に仕事の未来世界委員会が作成した報告書「輝かしい未来と仕事」が発表された。報告書は「仕事の未来のための、人間中心のアジェンダ」を提唱している。

ILO創設100周年については、さまざまなところで論じられているし、私もある雑誌から依頼されて投稿しているので、ここでは切り口を替えて、「日本の資本主義の父」「日本の産業の父」といわれる渋沢栄一氏について触れてみたい。

渋沢氏は江戸時代1840年に農家の子として生まれ、幕末期には武士に、明治維新では政府の高官となり、その後事業家として活躍する。「みずほ銀行」の前身の銀行や多くの地方銀行、東京証券取引所、東京ガス、東京海上、王子製紙など500以上の会社を立ち上げた、いわば近代産業社会への日本の発展を象徴する人物といえる。もちろん、「道徳経済合一説」すなわち「右手に論語、左手に算盤」は、あまりにも有名である。そして、2024年からの新紙幣1万円札の顔となる。

その渋沢氏が、1928年に来日したILO初代事務局長のアルベール・トーマ氏と会見した時の記録が、トーマ氏の回顧録に残っている。渋沢氏いわく「自らが大いに寄与した我が国への資本主義と産業主義の導入は必要なことだったのであり、後悔はしていない。しかし同時に、産業主義は痛みをも伴ったものであり、私は自らのなしたことを矯正あるいは補正するために、労使交渉における労働組合の認知を助け、安定と融和の回復を促すことを、自らの義務と心得ている」と。後日、トーマ事務局長は、理事会への報告の中で、この言葉に「少なからず感動を覚えた」と述べ、その精神を評価したという。市場と公正・公正のバランスや社会的対話は、90年経った現在でも規範とすべきものであることはいうまでもない。

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