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理事長コラム
『時代を見つめる』
古賀 伸明

「生誕100周年」

File.482019年12月23日発行

私が言うまでもなく、今年、生誕100周年を迎えた人は、たくさんいる。
日本でも例えば、私たちの大先輩である宮田早苗さん(元八幡製鐵労組・委員長、元民社党衆議院議員、弟は元鉄鋼労連委員長の宮田義二さん)、経済界ではサントリーの佐治敬三元会長、政界では宮澤喜一元総理大臣、小説家の水上勉さんや漫画家のやなせたかしさんもそうだ。

私の身近な存在といえば、私事で恐縮だが、出身の松下電器産業株式会社・元社長の山下俊彦さんも生誕100周年を迎えた。山下さんは1977年から9年間、松下電器産業(現パナソニック)の社長を務められた。
実業学校卒業のいわゆる叩き上げで、松下幸之助創業者による異例の大抜擢を受けて取締役26名中、序列が25番目から社長に就任した。創業者が企業体質を変えるために行ったこの抜擢人事は、当時の体操選手の山下治広さんが世界に先駆けての跳馬の新技にちなんで「山下跳び」と呼ばれた。
記者会見で「選んだ方にも責任がある」と言い放ち、記者がどよめくシーンがあったという。2012年2月に92歳でご逝去され、大阪で開催されたパナソニック社葬に参列してご冥福をお祈りした。

山下さんとは、2つの思い出がある。

1つは、もう30数年前の1986年6月、私が書記長を務めていた松下電器労組・産業中部支部の結成40周年に、講演に来ていただいたことだ。 同年2月に社長から相談役に退いた山下相談役は、仕事の話は一切せずに、趣味である山の話を中心に「客観的に自分を見つめなおす時間を持つこと」「耐えられないような苦しみの中にこそ、得られる喜びも大きいこと」そして「今の自分の環境を問題にするのではなく、与えられた条件の中でいかにベストをつくすかが大切なこと」などを話していただいた記憶がある。思えば、私のその後の人生の教訓となっている。

2つ目は、1997年山下さんが大阪のあるパーティで「創業者の孫というだけで副社長になるのはおかしい」と発言し、創業家と経営との関係についての課題を提起した時のことだ。その当時、社内外にわたってそのことが話題になっていただけに、関係者の間では大きな反響を呼んだ。

労働組合としても無関係でいることはできず、私は松下電器労組・中央執行委員長として、2度にわたって山下相談役の部屋を訪問し、発言の真意やこれからの松下電器について意見交換した。その時の相談役の穏やかな中にも強い意思のある表情と言葉は、今でも忘れられない。改めて、ご冥福をお祈りする。

早いもので、今年も残りわずかとなりました。良いお年を、お迎えください。

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