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理事長コラム
『時代を見つめる』
古賀 伸明

「学ぶことが多すぎる宰相の退任」

File.722021年12月13日発行

私の記憶が正しければ、ドイツのメルケル首相と初めて身近で意見交換したのは、確か2011年にフランス・カンヌで開催されたG20(20ヵ国・地域首脳会合)であったと思う。

G20、G7、APECなどの国際首脳会合では、あまり知られていないが、その国に対応する労働組合のナショナルセンターの代表者も、開催地で会議を行いながら、時間調整が整った各国首脳と労組の数名の代表者が対面し、労働組合側の意見を提起し意見交換するのが常となっている。

メルケル首相との意見交換では、お互いに時間がタイトなため、簡単な朝食をとりながらの6~7人程度のミーテイングであったが、その場で結論を出す態度に驚かされた。

私たち労働組合の提起に、単純化すれば「この提案は重要で、必ず私が会議の中で発言するが、その件はこのG20のテーマにはふさわしくない」などの具体的な対応が示されるのだ。それから数度お会いしたが、その姿勢は変わらず強い印象を残している。

2005年から16年間ドイツをけん引してきた、そのメルケル首相が、12月8日に退任した。彼女の在任中に、ドイツは国際社会での存在感を増した。また、ドイツのみならず、EU(欧州連合)でもリーダーシップを発揮し、「欧州の顔」ともいわれた。

この16年間は、2008年のリーマンショック、欧州債務危機、15年の難民危機といった危機の連続だった。現在もコロナ危機の真っただ中である。また、2010年代から国際政治は揺れ動いた。欧州ではポピュリズム政権が誕生し、ロシアは強権姿勢を鮮明にした。米国では自国第一主義を掲げたトランプ政権が誕生した。

しかし、メルケル氏は自由や民主主義、そして国際協調の価値観をしっかりと掲げ、毅然とした態度で各国首脳とわたり合い、米国第一主義のトランプ大統領にも苦言を呈してきた。彼女のぶれない姿勢が存在感を増した。

冷戦期を社会主義体制下の旧東ドイツで育った彼女こそ、自由や民主主義の重さを知っているのだろう。

現下のコロナ禍の中で際立ったのが、それぞれの場面で発する彼女の言葉の力である。視線を低く国民に語りかける、説得力のある彼女の言葉は記憶に新しい。

一方、2015年の難民問題はメルケル氏に大きな試練となった。100万人近くを受け入れた人道主義は国際的には賞賛されたが、ドイツ国内ではその反発から極右政党の躍進を招いた。「緊急時に人に優しくしたことで謝らなければならないのなら、ここは私の国ではありません」と怒りをこめたが、与党党首辞任につながったことは確かである。

メルケル氏は、退任式で「民主主義は、批判的な議論と自己修正する能力に支えられている」と指摘した。

学ぶことが多すぎる宰相の退任である。

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