書評 BOOK REVIEW1

改めて知る大衆運動の大切さ
千葉利雄『戦後賃金運動──軌跡と展望』より

                一橋大学大学院経済学研究科博士課程 山 垣 真 浩



千葉利雄著
『戦後賃金運動─軌跡と展望─』
1998年7月 日本労働研究機構刊

●千葉利雄
一九二六年東京生まれ。四九年東京大学経済学部卒。人事院、日本労働組合総同盟を経て五一年鉄鋼労連結成に参加。以降、鉄鋼労連副委員長、連合政策委員長等を歴任。本書により九八年日本労働ペンクラブ賞を受賞



 1949年に大学を卒業して以来、戦後一貫して労働運動の第一線で活躍してこられた大ベテランが、戦後賃金運動の約50年を年代順に語るという壮大な本である。これを評するなど私も実に大変な仕事を引き受けたものである。評者は労働に関心のある一介の書生にすぎないが、連合総研のとあるプロジェクトに参加させてもらっていたことがきっかけで今回の仕事を持ちかけられた。以前から一度こういう仕事をしてみたいと思っていたこともあって簡単に引き受けたが、すぐ後になってとんでもないことだと思った。なにせ著者は自分よりも40年以上も前に世に生を受けた戦後労働運動を肌で知る大先輩なのである。しかし編集者もあえて“肌で知らない”若輩の意見を聞きたいとのことで自分に話をもちかけてくれたのかもしれない。勝手にそのように考え、開き直って胸を借りるつもりで率直に私見を述べることとしたい。

 本書は、1945年から89年まで各年の賃金運動の経緯及び今後の運動展望を記す第1部と、著者の過去の論述を集録する第2部とから成るが、本書自体が戦後賃金運動の縮図であるから、それを評者がさらに要約したとしても歴史年表のようになってしまう。よって単刀直入に感想から述べよう。

改めて知る大衆運動の大切さ

 労働運動の世界に身を投じてすでに半世紀になる大ベテランは何を意図してこの壮大な書を著したのか──われわれ次世代に対するメッセージが必ず含まれているはずである。そうだとすればそれを発見するのが評者の仕事となろう。つまり著者自身はどんな労働運動論・賃金運動論をもっているのか、これに注意して読んだ。そして改めて痛感させられたのが、大衆運動の重要性である。戦後労働運動の成否がいかに大衆的エネルギーと関連していたかが、この本を読めばわかる。敗戦後わが国では瞬く間に組合組織化が進み、経営民主化運動や工職身分差別撤廃など輝かしい成果を挙げるのであるが、それは大衆が“燎原の火”のごとく立ち上がったからであった。そして次なる成果が1946年「10月闘争」による「電産型賃金」の獲得である。著者は、この成功が共産党影響下の産別会議の指導によるものというよりはむしろ下部組合員大衆の盛り上がりを土台に、それぞれの単産・単組が自主的に闘争を組織したことにあるとし、また「電産型賃金」自体も「良心的なノンポリ実務家集団」の産物であると指摘している。逆に47年2・1ストの失敗は直接的にはGHQのスト中止指令にあったわけだが、むしろ失敗の背景として物不足・生活窮迫を背景とした経済闘争としての大衆の盛り上がりを当時の共産党・産別会議が革命闘争に転化させようとして大衆から遊離したことが強調される。また51年総評のニワトリからアヒルへの左旋回も朝鮮戦争とアメリカの軍事政策に対する大衆的危機感と下からの突き上げがその背景にあったのである。

大衆の関心を導くような賃金理論と賃金運動

 だが著者は大衆の運動がただ涌き水のごとく自然に発生するものだとも考えていなかった。むしろ労働組合としていかに賃金闘争を大衆闘争化させるか、これに腐心していた。その最初の成果が著者の手になる、かの「総評賃金綱領」(1952年)であった。「綱領」は戦時水準平均2万5千円の即時回復要求と、生計費計算によって理論づけられた最低手取7万円の実現要求の2本立てから成り、後者の金額自体は「おそろしく壮大で」現実的なものではなかったが、改めて憲法で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を前面に掲げることによって大衆の高揚を組織し、当時経営側によって推進されていた職階制的な賃金格差政策に楔を打たん、そしてかつての「電産型賃金」のごとく再び賃金を労働者の生活費を根拠として決定せんとするものであった。「綱領」は同年秋の賃闘で電産と炭労にて、翌年には広く民間単産で要求の理論的支柱となり、運動は高揚した。さらにこの53年ではそれまでの1人平均ベース1万5千何百円、扶養家族何人という形で新改定ベースを要求する方式(これはどんぶり勘定というべきもので各個人個人は一体いくらの賃上げになるのかわからない、またそれについても労働側が規制できない)から、「一律プラスアルファ」という形に要求方式が切り替えられる。これには、一律という形で賃上げの労働者間配分を規制しつつプラスアルファで柔軟な余地も残す、また自分は一体いくらの賃上げになるのかというのを明確にし賃金運動に対する大衆の関心を喚起する、という2つの狙いがあった。著者はこれを「第一次個別賃金要求」と呼ぶ。

 55年に始まる太田流春闘方式は、「全単産を意識的に勢揃いさせて、これを総評自身の春闘として組織化して、産業別統一闘争の全国的な集中化を図る」(156頁)というもので、これまた大衆の動員及びその組織化を意図しており、一定の成果を挙げたのは周知の通りである。岩戸景気の追い風を受けた61年は「大幅賃上げ」を旗印に、鉄鋼が24時間ストを打ち高額回答を引き出す、それが相場を形成し各単産もストを打って後に続くという華々しい成果を挙げた年であった。いざなぎ景気下の68年から70年にかけてはストなし「一発回答」で鉄鋼がつくった相場を上回ることを目標に、民間主力単産がストライキを決行して高額回答引き出しに成功した。著者自身の大衆運動を活性化させる試みは、「標準労働者方式」を採用した鉄鋼労連「第1期賃金政策」(70年)に結実し「以後、鉄鋼の賃闘は、74年にかけて著しく活性化し高揚していくことになる」(229頁)。著者はこれを「第二次個別賃金要求運動」と呼ぶ。このように、賃金を労働者の立場から律することによって、大衆運動を高揚させる重要さを肌から知っているのが著者なのである。これは経営への貢献を重視する「成果主義」賃金への変化が進みつつある中での今日の賃金運動を考える上で、きわめて示唆的である。

図表省略

再度考えさせられる経済整合性論

 しかし一度だけ、著者は「大衆運動的な意味で労働組合の根源的なパワーが弱まり存立基盤が危うくなる」(434頁)と回帰する政策も指導している。75年春闘における国内の物価安定を意図した自制的賃金要求、いわゆる経済整合性路線である。同年1月に著者はある席上で「ここまで情勢が危機的な様相を帯びてきたとなれば、何はさて一国の経済の危機を救済することを労働運動は至上命題とするべきであって、その見地からすると、しかるべきインフレ抑止にきちっと整合した賃金決定をわれわれは大胆に選択すべきである」(268頁)と語ったことを明らかにしている。著者はこれが「危機管理的な、緊急避難的な手段」であることを繰り返し強調するが、この75年春闘が、後の賃金運動に与えた影響の大きさは明らかである(図1・2参照)。ところで本書では経済整合性論を提唱するに至らしめた狂乱物価の発生要因が分析されている。第一は石油危機に先立つ経済政策の失敗である。つまり@ニクソン・ショックによる円高回避のために日銀が行ったドル買い円売りが過剰流動性をもたらしたこと、A田中内閣列島改造論が開発ブームを煽り立て地価や建設資材を暴騰させたこと、B円切り上げによる不況到来懸念に同内閣が超積極財政で対応したこと。加えてここにC第4次中東戦争によって原油価格の5〜6倍の上昇が発生、Dこれを“千載一遇の好機”とみた企業が便乗値上げ、買占め・売り惜しみをしたことである(241、247頁)。つまり賃上げ自体は狂乱物価の主因ではなかった。しかし「企業の繁栄こそ生活向上の条件」とみる組合主義といわば同様の論理で「一国経済の安定こそ雇用安定の条件」とされ、狂乱物価を沈静化させるために賃上げが自制されたのである。「ところが、労働組合がこんなに国を憂うる思いで犠牲を払って自制的に行動しているにもかかわらず、他のセクターがそれに敬意を表して、それなりの対応をするということがなかったものですから、『日本的社会契約論』の方は残念ながら不発に終わりました」(432頁)。こうした“契約なき自制”とは経済整合性論に対する当時の批判文句であったが、確かに著者が「信じて疑わない」ようにわが国がスタグフレーションに陥らずに、危機からすばやく脱出できたことに関係していたとしても、改めて大衆運動の大切さを教えられた後にあっては、再度考えさせられるものがある。なお、経済整合性論について力説されるもう一つの論点、それは、好況時においては大幅賃上げの理論となる、ということであり、81年春闘の成功がその好例とされる。ただ、同年春闘の成功は控え目な賃上げに終わった79、80年の「2年分の借りを返すというような気持ちが当時の鉄鋼大手の労政担当側にはあったと思う」(305頁)というように、その成功の背景に大衆の存在は薄い。そのためだろう、以後は「かつての経済整合性路線が多少惰性化し」、「賃金決定は経済実勢に対して意図せざる立ち遅れという状況が続く」(315頁)と指摘されることになるのである。

今後への期待

 さてここに至って、著者が世上用いられる「賃金闘争」ではなく、「賃金運動」という「耳慣れぬ新造語」を表題に用いた背景を推察しうる。労働運動に大衆性が失われたために「闘争」という言葉が時代に合わなくなったのである。とはいえ本書はその冷静な語り口の中にも、いかに大衆のエネルギー・パワーたるものが労働運動に不可欠であるかを読者に悟らせる内容となっている。だがそれだけに、大ベテランがどのように考えているのか、より詳しく知りたいと思ったことがある。それは「賃金運動」におけるストライキの位置づけである。これは現在主流の組合主義路線とも関わる重要な問題だが、本書ではストによって成果を挙げた年も示されれば、ストに批判的な記述もあり、賃金運動におけるストライキの位置づけが読み手にとっては今一つつかみにくい。またストをめぐってもさまざまな戦術があり、それぞれどうなのか。例えば60年代後半以降の鉄鋼のように労使の協議を重視しストを用いない戦術、加えて72年以降のようにスト投票の実施を遅らせ会社回答次第で行なうという「事後対処方式」もあれば、実際に打つかどうかにかかわりなくまずスト権を成立させそれを圧力として賃上げを要求するという戦術、回答前に実際にストを打って経営側に圧力をかける戦術、回答が不満であれば撤回を目指して現実に打つ戦術、あるいは撤回は無理にしても今後の運動のために抗議ストを打って終息する戦術など、戦後賃金運動の中でもさまざまな戦術が観察される。それが今日少なくとも表面上はストが賃金運動の戦術から消えていったようにみえるのだが、なぜこのように変化していったのか。戦後の動乱及び高度成長下のスト多発期と石油危機以降のスト縮減期とのすべてを経験する大ベテランはこうした戦後賃金運動のトータルな流れについていったいどのように考えておられるのだろうか。本書では年々の出来事がかなり詳しく描かれているだけに、今後ぜひ戦後賃金運動の全体を見渡すような論評をわれわれのために公表されることを期待したい。

大衆運動の復活?

ところで、医療費負担の増加、労働法改定や「通信傍受法」の制定といった厳しい攻勢の中で、今日再び大衆運動の重要性が認識され始めている。「連合」はそうした問題に対して、国会前座り込み行動やデモ行進、集会などを組織するようになってきた。先日6月9日には、「雇用・生活危機突破行動」の一環として、鷲尾会長を先頭に東京駅までデモ行進を行っている。こうした大衆運動復活の兆しに著者もきっと目を細めているに違いない。

 さて残念だが、紙面の都合から「賃金運動の展望」については触れることができない。ここでは隔年春闘や、要求スタンスの「マクロ経済動向基軸・ミクロ産業事情加味」から「ミクロ産業事情主軸・マクロ経済動向加味」への転換など議論すべき提言がなされている。

 まえがきにあるように「改めて戦後賃金運動のあゆみを振り返り」、「一種の閉塞状況」にある賃金「運動の再構築を考える」材料として、本書が組合運動をリードする方々に広く読まれることを切に期待するものである。
(敬称略)