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視点


賃金はなぜ上がらないのか

No221 2007年11月

 景気回復が6年目を迎えているのに賃金は依然として停滞しつづけている。停滞どころか、現金給与総額は2006年12月から2007年7月まで連続8ヶ月にわたり前年水準を下回り、所定内給与は2006年5月から14ヶ月間も前年同月比マイナスである(毎月勤労統計調査)。このような賃金の停滞および2007年前半期の賃金下落傾向はどのような要因から生じているのであろうか。そして賃金の改善はどうしたら可能になるのであろうか。

 この賃金停滞および下落をもたらしているものとして3つの要因を指摘できる。まず第1に非正規労働者が増大する傾向が続いていることである。労働力調査によると非正規従業員数は2007年4〜6月期に1731万人と前年同期より85万人も増え、雇用者(除く役員)に占める割合はこの1年間に0.9%ポイント増で33.2%に高まっている。これら非正規労働者の賃金は正規労働者よりも低い。そのためその比率の増加は全労働者の平均賃金を押し下げる作用を及ぼしている。さらに正規労働者の賃金を押し下げる圧力を加えている。

 第2に指摘できる要因は、全労働者の42%を占める5〜29人規模の小事業所における賃金が2004年以降に低下を続けており、このことが全労働者の所定内給与を押し下げていることである。なかでも小事業所の一般労働者の所定内給与の下落が2006年春から一般労働者全体の所定内給与を前年比マイナスにまで落ち込ませており、2007年1月〜7月にはその下落率は増大している。5〜29人規模事業所の労働者は1837万人(2006年)を数え、建設業、卸売・小売業、飲食店・宿泊業、不動産業などの非製造業においてはその労働者数の半数以上を占めている。この間の内需低迷はこれら産業の小規模事業所に厳しい影響を与えており、その賃金が2004年以降に下落して全労働者の平均賃金を押し下げているのである。

 賃金停滞の第3の大きな要因は、この景気回復過程では経営者が従来になく賃金コストを削減する動きを取り続けてきていることである。本年の「経済財政白書」また「労働経済白書」が共通して指摘しているように、1990年代後半以降においては企業収益の高まりが賃金改善に波及していない。それ以前には企業収益増は賃金改善に反映する関係が永らく存在していたが、いまではその関係を見出すことができないのである。さらに景気回復過程において賃金引下げさえも生じている。すなわち、経営者は90年代半ば以降において労働コスト削減策を取り続けており、賃金引下げを意識的に実行しているのである。

 なお、2006年以降の賃金停滞には団塊世代の退職者増が影響していると指摘する声がある(「経済財政白書」など)。しかし2007年1?7月には30人以上規模では一般労働者の所定内給与は増加しており、団塊世代の退職者増による賃金低下の効果を賃金統計値からは読み取ることはできない。

 以上のように、今次景気回復下においては主として3つの要因により賃金停滞または賃金下落が生じていると指摘できる。この問題に対し、政府は「企業部門から家計部門への(景気回復の)波及」が生まれると今後に期待をかけている(「経済財政白書」)。しかし、手をこまねいていてこの期待が実現できる環境にはないといわなければならない。いまや賃金抑制は、消費停滞を生み出して内需型産業とくに小規模事業所を衰退させ、地域格差を拡大し、また消費者物価のデフレ傾向を存続させて、そのデフレが金融基盤に脆弱さを作り、さらに社会的な所得格差と不平等を拡大させ、加えて若い世代に社会に対する失望感さえも生み出しているのである。賃金抑制は、日本の経済社会の基盤を掘り崩す重大な社会問題となるに至っていると言っても過言ではない。

 賃金停滞は今後どこまで続くのか、それは上記の3つの構造的な要因をどのように解決していくかに関わっている。第1の賃金抑制の要因である非正規労働者の増大に対しては、これら非正規労働者の賃金を大幅に改善し、賃金格差を縮小させて全労働者の賃金改善に結びつけることが必要である。第2の要因である小規模事業所における賃金低下を反転させるには、流通業、飲食店・宿泊業など生活関連の内需を回復させ、これら産業の生産性を高める等からその労働者の賃金を引き上げること、同時に大企業など経済力格差が生み出す不公正取引などを改めて小規模事業所に価格形成力を育成することが重要であろう。そして第3の要因である経営者の強い賃金抑制策に対しては、労働者と労働組合が現在の短期業績に偏った経営者の賃金評価の問題点を改めて、人材育成や職務能力向上など中長期的な労働貢献を納得的に組み込んだ賃金評価を構築し、労働者の生活の質を高めうる賃金水準に引上げることが不可欠になっていると指摘できよう。

 これらの努力においては、社会問題を生み出している原因を解決していく現場の取り組みが重要である。とりわけ、矛盾を集中的に受けている労働現場では当事者たる労働者と労働組合が自らの職業・労働生活に尊厳を取り戻す声を発し、子供たちが労働の大切さを実感できる公平な労働賃金を実現することがこの問題を解決する要と思われる。
(三沢川)

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