特集 今、ヨーロッパでは
EUから日本社会モデルを考える(上)

濱口 桂一郎





はじめに
 筆者は1995年4月から1998年4月までの3年間、ブリュッセルにある欧州連合日本政府代表部の労働担当アタッシェとして勤務する機会に恵まれた。この3年間はEUの労働法が飛躍的な発展を遂げた時期であり、政労使の動きをフォローする中で多くのことを学ぶことができた。その内容は拙著「EU労働法の形成」(日本労働研究機構、昨年7月刊)に詳述したので、興味があればお読みいただきたい。
 この本は大部分はEUの法制を中心とした労働社会政策の動向を労使関係、労働条件、男女均等、雇用など分野ごとに分析したものであるが、最後の章は「EU労働法と社会政策の将来―欧州社会モデルに未来はあるか」と題して、若干マクロな観点からの分析を試みている。その最後の節の最後のパラグラフで、「そして、ヨーロッパがニュー欧州社会モデルを目指して模索していく姿は、我々日本人に対して、日本社会モデルの未来像をどう構築していくのかという問いを投げかけるものでもある。この問いの射程は、しかしながら、本書の及ぶ範囲ではもはやない。」と、述べた。
 拙著の及ぶ範囲ではないにしても、今日我々が答えを迫られているのは、この「日本社会モデルの未来像をどう構築していくのか」という問いであることは間違いない。欧州社会モデルが未来を模索する姿が、読者がそれぞれに日本社会モデルの未来について思いを巡らす際の材料となれれば、本稿の目的は達せられる。

1.EUの労働社会政策の流れ―
        ソーシャル・ヨーロッパからフレクシビリティへ
 まず、拙著のメインテーマであるEUの労働社会政策の流れをごく簡単にまとめておこう。
 社会政策、特に労働条件や労使関係に関わる分野は、先進産業社会の政府にとって政治イデオロギーの基本に関わる問題である。
 そもそも、近代西欧史自体、市民階級による自由主義拡大の戦いと、労働者階級による社会民主主義拡大の戦いという2つの大きな波によって形作られているし、各国における政治勢力の配置は、自営業者を含む経営者層を支持基盤とするより市場志向、より自由志向な勢力と、組織労働者層を支持基盤とするより組織志向、より公正志向な勢力から組み立てられてきた。両者の対立点は社会問題なかんずく労働問題に集約されることが多く、しばしば内政の一大問題となってきた。
 しかしながら、戦後のヨーロッパ諸国は、この対立をある種の妥協のもとで緩和する試みを続けてきたといえる。自由主義政府によって積極的に社会民主主義的政策が取り入れられた国もあれば、労働者階級を代表する政党が政権を握って福祉国家化が進められた国もあり、その方向や程度は国によって千差万別ではあるが、総じて言えば、そこで行われたことは一種の社会的妥協、つまり市場システムの大枠を維持しながら、様々な社会的規制を加味することで労働者の保護を図るという方向であったといえよう。
 この大きな方向に強烈に異議申し立てを行ったのが、イギリスのサッチャー政権であった。徹底した規制緩和により、労働者や労働組合の既得権は身ぐるみ剥がされたが、それにより市場のダイナミズムを回復し、企業の競争力を向上し、ひいては雇用の拡大により労働者にも均霑するという彼女のイデオロギーは、上の戦後ヨーロッパの社会的妥協に対する強力なアンチテーゼとなった。
 かつて1960年代にはヨーロッパ諸国の失業率はせいぜい2%程度であった。それが70年代、80年代を通じてどんどん上昇し、今や11%台とアメリカの水準を遙かに超える高失業社会となっている。サッチャー流のネオリベラリズムは、これこそ上の社会的妥協による高水準の福祉と労働者保護の産物であり、高失業の原因である硬直的な労働市場を徹底的に柔軟化すること以外に解決の途はないと自信に満ちて迫ってくる。一向に減らない高失業に悩む大陸欧州諸国は、このサッチャーの挑戦を深刻な正統性の危機としてとらえないわけには行かなくなったのである。
 ECのサッチャー路線に対する第一の反応は強烈な拒否であり、むしろ戦後ヨーロッパ各国が確立してきた労働者保護のECレベルへの拡張であり、各国で形成されてきた国内レベルの労使妥協システムであるコーポラティズムモデルをECレベルに拡大実現していこうという路線、「ソーシャル・ヨーロッパ」路線の追求であった。

(1)ドロールのソーシャル・ヨーロッパ路線
 1985年、フランスのミッテラン社会党政権の大蔵大臣からEC委員長に送り込まれたドロールは、全会一致原則のもとでイギリスの拒否権でECの労働社会立法が停滞してしまっている状況を打開するため、12月のルクセンブルク欧州理事会で「単一欧州議定書」によるEC条約(ローマ条約)の改正を実現した。
 労働社会関係の改正事項は2つ。1つは旧第118a条の新設であり、これにより労働者の安全衛生に係る提案については全会一致ではなく特定多数決で採択することができるようになった。いわば、安全衛生分野に関しては、ECは単なる主権国家の共同体からそれ自体一つの連邦政府的存在に進化したと言うことができる。
 もう一つは旧第118b条の新設である。これは欧州労使対話に関する規定で、「EC委員会は欧州レベルでの労使間の対話、もし双方が望めば協約に基づく関係をもたらし得るような労使間の対話を促進するように努める」と規定している。これが後のマーストリヒト条約付属社会政策協定において、EUレベルの労働協約法という枠組みに進展していく礎石となった。
 ドロールが次に繰り出したのは、法的拘束力を持たない政治宣言として「労働者の基本的社会権に関するEC憲章」(社会憲章)を制定することであった。イギリスの強い反対にも関わらず1989年12月のストラスブール欧州理事会で11カ国の政治宣言として採択された社会憲章は、雇用と賃金、生活労働条件の改善、社会保護、団結権と団体交渉権、職業訓練、男女均等待遇、労働者への情報提供・協議・参加、職場の安全衛生、児童・若年者の保護、高齢者、障碍者等広範な領域にわたって基本的社会権のリストを示し、EC委員会はこれに基づき猛然たる勢いで立法提案を繰り出した。
 しかしながら単一欧州議定書による条約改正で安全衛生分野については飛躍的に立法化が進んだが、他の分野では依然としてイギリス一国が拒否権を行使すれば他の国がすべて賛成しても成立しないという状況が続いた。この状況に政治的な決着をつけたのが、1991年末のマーストリヒト欧州理事会であった。安全衛生以外の労働社会政策に関する条項をも条約本文に盛り込み、特定多数決の対象とすることをもくろむEC委員会と大陸欧州諸国に対し、イギリスの保守党政府が激しく抵抗し、時間内に議論が収まらず、ついに最終段階でイギリスを除く11カ国が社会政策議定書及び協定を作成し、条約本文から切り離すことで妥協が成立した。これを「オプト・アウト」と称している。
 これにより、EU労働法は新たな段階に入った。現在まで、欧州労使協議会、育児休業、性差別事件における挙証責任の転換、非典型労働者、セクシュアルハラスメント、国内労使協議会について労使団体への協議がなされ、このうち育児休業、パートタイム労働者についてはEUレベルの労働協約が締結され、EU法となっている。つい先日、期間雇用労働者についてもEUレベル労働協約が合意された。EUレベルのコーポラティズムの未来は洋々たるもののごとくである。

(2)ドロールの路線転換――
  「ドロール白書」と社会政策白書
 ところが、1990年に底を打って以来、ヨーロッパの失業率は再びぐんぐんと上昇を始めた。景気は低迷し、ユーロ・フィーバーはユーロ・ペシミズムに取って代わられた。この中で、EC委員会も労働者の権利の主唱から徐々に路線の転換を図り、雇用失業問題の解決のため労働市場の柔軟化をも視野に入れるようになってきた。
 この路線転換を決定的に示したものが、1993年12月のブリュッセル欧州理事会に提出された「成長、競争力、雇用―21世紀に向けての挑戦と方途」(通称「ドロール白書」)である。この文書は、労働市場の硬直性を構造的失業の原因とし、労働市場の柔軟性を高め、企業の競争力を高めるための措置を提言している。
 ただし、労働市場の柔軟性を高めるための措置といっても、必ずしもネオリベラリズム的な外部労働市場の調整にすべてをゆだねる政策を主張しているわけではない。白書が注目するのはむしろ内部労働市場の柔軟性である。即ち、企業ができる限り労働者を解雇せずに労働力を調整することにより、人的資源を最大限活用すること、具体的には配置転換、仕事の再編成、労働時間の弾力化、能力給の導入、企業内教育訓練の強化といったメニューがならんでいる。このため、雇用分野の分権化として企業レベルでの主導権を認め、企業内で使用者と従業員代表が交渉することが重要だといっている。また、未熟練労働力の労働費用の削減、失業者への所得保障から積極的雇用政策への転換も慫慂されている。
 この政策転換を雇用だけでなく労働社会政策全般について明確に示したものが1994年7月に出された「ヨーロッパ社会政策白書」である。これは前年の1993年に議論のたたき台として示された「ヨーロッパ社会政策の選択に関するグリーンペーパー」に対する労使ほか各界の意見を踏まえて出されたもので、社会的規制を加えた市場経済という戦後社会の大枠組の哲学は維持されるべきだと強調しつつ、その実行方法には抜本的な変化が必要だという立場を明らかにしている。ではいかなる抜本的な変化が必要なのか?それは「連帯」のあり方であり、消極的な資源の移転という方式に偏りすぎた現状を、より積極的な「機会のよりよい配分」によって補完、代替していかなくてはならない。言い換えれば、福祉国家の概念に立脚した伝統的なヨーロッパの社会保障制度は重要な達成ではあるけれども、今後は雇用に最優先順位を与えて、福祉と富の創造機能の間の協調を図ることが必要であり、そのためにもすべての人を社会に統合していくことが目標にならなければならないといっている。
 これまでのヨーロッパ社会モデルの根本的価値観は維持しようとしつつも、高失業という形で現れてきたその具体的システムの失敗を克服するために模索するヨーロッパ社会の苦悩がにじみ出るような文書である。
 その後、1995年からサンテールがドロールの後を引き継いで欧州委員会委員長になったが、基本的にはこのドロール白書の路線を受け継いでいる。

(3)フレクシブルな労働組織を目指して
 こうして、徐々に示されてきた新たなヨーロッパ社会モデルの姿をくっきりと浮かび上がらせたのが、1997年4月に発表された「新たな労働組織のためのパートナーシップ」と題するグリーンペーパーである。ここでは、ドロール白書で「内部労働市場」と呼んでいたものを積極的に「労働組織」と呼び替え、アングロサクソン流の労働市場の柔軟化に対して、労働組織の柔軟化を対置する姿勢を示している。
 以下、このグリーンペーパーの内容を見ていこう。
 アメリカ自動車産業が創り出した大量生産方式に対応したヒエラルキー的な生産システムは、ゆっくりとではあるが、品質、柔軟性、技術革新、新奇性における絶え間ない改善の必要が始めから統合されている新たな組織形態(「柔軟な企業」(flexible firm))によってとって代わられつつある、とグリーンペーパーはいう。その試みの例として、チームワーク、ジャスト・イン・タイム生産方式、リーン生産方式、「カイゼン」、トータル・クォリティ・マネジメント、エコマネジメント、ベンチマーキング等といった我々日本人になじみ深い概念を示しながら、これらの変化は多くの要因、特に新たな消費者の要望やこれに対応するための企業間の競争、新技術の導入や高度な技能や能力を持った新世代の労働者の登場によって引き起こされているとする。
 こういう「柔軟な企業」では、労働者は特定の「職務」(job)ではなく広がりのある「任務」(task)を果たす。そのためには、労働者に絶え間ない技能と能力の最新化と向上が求められるとともに、労使関係の面においても参加と信頼に基づく新たな形態の労使関係が求められる。なぜなら、効率的な生産は労使の信頼とコミットメントを必要とするからである。しかし、これはやってみる値打ちのある選択肢である。というのは、多くの企業に残る時代遅れの構造を現代的な発展しつつある組織で置き換えることを可能にするからである、という。そして、柔軟性と安定性とのバランスをうまく取ることが肝要である、といい、新たな労働組織はしばしば不確実性を引き起こす。変化のあとも自分の雇用が維持されるという保証があってこそ柔軟性が出てくる、と述べ、雇用の安定性こそが労働組織の柔軟性の基盤となることを強調している。
 グリーンペーパーは続いて、こうした柔軟な労働組織の生産性と繁栄のポテンシャルは大きく、職業生活の現代化は万人に利益を創出するであろうことを強調し、かかる柔軟性と安定性の新たなバランスは欧州企業の競争力にとって鍵である、と言う。一方で、かかるバランスの創出は政府や労使にとって、雇用、教育、社会政策といった分野において多くの挑戦を意味するとし、職業訓練や再訓練、労働時間の編成、賃金制度、社会保護、労働市場政策、機会均等、中小企業への援助といった多くの問題について議論を呼びかけている。
 教育訓練としては、新技術の発展に対応して労働者が絶えず「学習」(「教育(teaching)」から「学習(learning)」へ、というのもキーワードである)していくこと(「生涯学習(lifelong learning)」をめざすとともに、企業内で労働者の雇用可能性を高めるべく労使が教育訓練に協力していく「学習企業」(learning company)というあり方を提示している。
 労働法・労使関係としては、職場、企業、工場、使用者、労働者といった伝統的な概念が融解しつつあり、ダウンサイジング、アウトソーシング(外注)、サブコントラクティング(下請)、テレワーキング、ネットワーキング、ジョイントベンチャーといったものが伝統的な労働法に新たな次元をもたらしつつあるという認識(我々日本人には必ずしも目新しいものばかりではないが)のもとに、公権力による立法、労使による団体交渉、個別労働者ごとによる雇用契約のバランスについて根本的な疑問を提示し、厳格で拘束的な法規制からよりオープンで柔軟な法制への発展こそが企業内部の経営に関わる領域において求められていると述べて労使協議会制度に言及し、併せて、労働者の利潤参加の重要性を強調している。
 賃金制度としては、厳格な分業のもとヒエラルキー的組織における特定の職務に対応した現行の賃金制度はもはや時代遅れで柔軟な企業構造への障害でしかないとして、伝統的なホワイトカラーとブルーカラー、男と女の賃金差は機能しなくなっているという。柔軟な企業に対応した新たな賃金制度とは、職務の広範化、賃金等級の縮小、資格へのインセンティブ、実績や継続的改善への手当が特徴だという。
 労働時間は労働組織の柔軟性の中心的テーマであり、労働時間の柔軟化として、次のような方向が示される。
・操業・営業時間と労働時間の分離:労働時間短縮と操業・営業時間延長を両立させる 方向である。
・労働時間の年間化:年間ベースで労働時間を計算することにより、使用者が柔軟性を 得られる一方、労働者も余暇計画が立てやすい。
・パートタイム労働:使用者には柔軟性、労働者には勉強や家事との両立が得られる。
・職業生涯を通じた柔軟な休暇制度:家庭責任や教育訓練に応じた休暇制度によって生 活の質が向上する。
 このほか、税制、社会保障制度、安全衛生、環境問題、機会均等政策、労働市場政策、公共部門の近代化といったテーマについても論じたあと、最後にテレワークを取り上げている。
 以上の分析を踏まえて、本グリーンペーパーは、労使に対し、古い戦場から抜け出して、新たな建設的作業の時代にはいるよう呼びかけている。新たな形態の労働組織は参加の風土の上にのみ作られうる。経営側がイニシアティブを執らなければ、信頼と関与は達成され得ない。しかし、パートナーシップというものはその企業の経営者と労働者自身から来るものだということを強調し、そのためにも、新たな労働組織の潜在力を認識させ、労使双方の利益を考慮した政策枠組みを作ることによって、このプロセスを進めるのは労使一般と政府の責務であると説いている。
 以上の記述は我々日本の労働関係者には日本的雇用慣行、日本的労使関係を想起させないわけにはいかない。もとより、日本への言及はなんらなされてはいないのだが、教育訓練、労使関係、賃金制度、労働時間などの項目でヨーロッパ企業のこれからのあるべき姿として描かれているものが、意外にも戦後日本が築き上げてきたシステムと共通するものが多いことはある種の感慨を呼び起こすものである。
 また、これと前後して、欧州産業人円卓会議がまとめた「雇用創出への刺激:大企業と小企業の実戦的パートナーシップ」と題する報告書は、企業間とりわけ大企業と中小企業の協働(synergy)こそ産業競争力と経済成長の源泉であると強調し、中小企業の柔軟性、創造性、効率性と大企業の資源動員力、市場へのアクセス力の組み合わせの必要を説いている。注目すべきは、産業政策担当ではなく、労働社会政策担当のフリン委員がこれのスポークスマン役として、ほぼ同時に発表された上記グリーンペーパーとともに、欧州社会モデルの未来を切り開くものとして持ち上げていることである。企業内の労働組織だけでなく、企業間の協働システムについても、日本社会モデルへの接近の意図が窺われると評せようか。

(4)ダブリン財団の研究成果
 (3)で述べたような新たな政策方向は、突然登場したものではない。この背後には、欧州委員会の外郭団体であり、労働社会関係の調査研究プロジェクトを行っている団体である「欧州生活労働条件改善財団」(European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions)(アイルランドのダブリンにあるので「ダブリン財団」と称されている)において数年前から続けられてきた研究成果がある。この団体はいってみればEUのJILとでも言える存在であり、欧州委員会労働総局の政策関心に対応し、それを先取りする形で多くの分野で調査研究を行っており、その成果は日本の労働問題の研究者にとっても興味深いものが多くある。
 ダブリン財団においてこの問題、「組織変化における労働者の直接参加」(Employee direct Participation in Organisational Change)(略してEPOCプロジェクト。「エポック・メーキング」との意味を込めているのであろう)のプロジェクトが始まったのは1992年であった。現在まで、30冊を超えるワーキングペーパーが作成され、市販報告書も10冊近く出されている。
 このプロジェクトの概要を紹介する最近のパンフレットの文章を以下引用する。

 1990年代には、労働組織、人的資源の最適活用及び職場の労働者による直接参加に関するディベートの強力なリバイバルが見られた。
 リーン生産のような日本方式(Japanese method)の研究は、日本の自動車製造業の競争優位は主としてその優れた労働組織と、デザイン、プランニング、クオリティマネジメント、恒常的改善プログラムといった企業のあらゆる枢要な活動への労働者関与への強力なコミットメント、そしてこれと結びついた終身雇用保障にあることを示唆している。
 グローバル競争の加速に伴い、欧州企業にとって日本方式を含め趨勢を検討し、職場組織の新たな戦略を展開することが必要になってきている。…このディベートの緊急性は、欧州が1990年代に入り戦後最悪のリセッションに入るとともに、労働者のより大きな関与を含む改革の必要性をさらに高めている。
 欧州における労働組織のリストラクチャリングのためにはなお多くの研究すべきことがある。例えば、欧州にはどの程度異なった形態の直接参加が導入されているのか。欧州における直接参加の試み:例えばフランスのgroup d’expression、スウェーデンのボルボ社のグループワーク、ドイツのHumanisierung der Arbeitslebensは、日本のアプローチとどのように比較されるのか。新たな形態の労働組織に立脚した競争力の向上と職業生活の質との相互関係はどうか。これらは雇用水準にネガティブなインパクトを与える新たな合理化戦略なのか。直接参加は企業内の労働者代表や労働組合の影響力をどの程度まで縮小するのか。等々。

 このパンフレットは最後を次の言葉で締めくくっている。「直接参加は、正しく用いられるならば、2つのポジティブな目的を共にもたらしうる。利潤を拡大しつつ労働を人間化する。“to humanise work while increasing profitability”
 このように、ダブリン財団の報告書には日本の経験への強い関心が繰り返し表明されている。欧州委員会の公式文書であるグリーンペーパーには「日本」という文字は全く見られないが、それは彼らが日本的雇用システムに無関心であるということではないことがわかろう。外国モデルへの盲従が知的ファッションとなる国とは違い、「日本に学べ」という呼びかけが却って逆効果になる危険性もあるので、あえて日本に言及しなかったと理解すべきであろう。事実、筆者は3年間の欧州滞在中、労働総局の担当官たちと密接に接触していたが、彼らは「トヨタイズム」「フジツイズム」といったことばを頻出させながら、日本の雇用システムへの強い関心を露わにしていた。(この用語法から見ても、フランスのレギュレーション・スクールが彼らの知的背景となっているようである)

以上述べてきたEUの労働社会政策の流れを敢えて一言でまとめると、社会的妥協に基づき福祉国家と労働者保護を強調する従来の欧州社会モデルが、高失業という事態に直面して、労働市場のフレクシビリティを強調するアングロサクソンモデルの挑戦を受け、大きく揺さぶられながら、ニュー欧州社会モデル目指して労働組織のフレクシビリティという応戦を試み始めたところだと言っていいのではなかろうか。