HP DIO目次に戻る DIOバックナンバー 

視点


「もう一つの選択肢」の提示

No211 2006年12月
 年が明ければ、2007年問題といわれている団塊の世代の大量リタイヤが始まり出す。その団塊の世代の意識調査(読売新聞 11.17)によれば、戦後日本の発展の“牽引車”として誇りを持つ一方、自分たちの時代で、社会のモラルが失われ、地域や家族のつながりが薄れてしまったと振り返る人が多かったとの結果が報道されている。

 いじめ、自殺、子殺し、凶悪犯罪の増加、続発する不正・腐敗、拝金主義が横行する一方で広がる格差・・・「こんなはずではなかった」という感じは少なからず、共通した思いではないだろうか。

 戦後の焼け野原から立ち上がり、生きるため、豊かさを手に入れるために懸命に働き、走り続けてきた日本。「追いつき、追い越せ」をスローガンに高度成長路線を邁進し、貧しいとはいえ頑張りさえすれば、欧米先進国の豊かな生活や高い福祉水準に到達できる希望が見えてきた60年代。「うさぎ小屋」や「働き蜂」などと言われながらも、2度の石油ショックや円高・貿易摩擦など、幾たびかの苦難を乗り越え、80年代初頭には、遂に世界有数の経済大国に登り詰めた日本。

 しかしその時期にこそ、本来は大胆にギアチェンジをして、どうやってこの国の富(GDP)を高い生活の質に結びつけるか、真の豊かさを実感できる社会にするかのビジョンを掲げ、戦後の産業優先の後発工業国型政策体系を転換すべきであった(現実に労働組合は、「時短」をはじめ「高度福祉社会への展望」など成熟時代にふさわしい経済社会システムへの転換を要求してきた)にもかかわらず、遂にそのチャンスを逃すばかりか、バブルの狂乱にのみこまれていったのである。

 その後のバブル崩壊と長期デフレ不況、失われた10数年は、生々しい傷跡とともに今日に続いている。失業の増大と雇用不安、実質的な生活低下と長時間労働の一方でワーキングプアーと呼ばれるような非正規労働者の急増など、働く現場も雇用構造も様変わりしつつある。

 その一方で少子高齢化が進行する中、年金・介護・医療・最低生活保障など福祉の見直しという名のもとに、抜本改革なき給付減・負担増の繰り返しが続いている。福祉先進国の背中をみながら、「国が貧しいうちは我慢。やがては・・」といいながら、経済大国となり本格的な高齢社会の本番を迎える段になれば、逃げ水のように福祉は後退を余儀なくされ、将来不安・老後の不安ばかりが増しているのである。

 一方日本がバブルに浮かれている最中に、世界の構造は劇的に動いた。85年のプラザ合意(大幅な円高への為替調整)は、働く者の実感がないままドル換算した日本の賃金の大幅アップを現出した。89年のベルリンの壁崩壊からはじまる東西冷戦構造の解体と市場経済体制への参入、アメリカが主導するグローバル競争と金融・IT革命、ネオ・リベラリズムと市場経済至上主義が世界の潮流となっていったのである。

 韓国・台湾・中国など東アジアの台頭と日本の国際競争力の低下、長期デフレ不況、膨大な財政赤字と未曾有の少子高齢社会の前で、いま多くの日本人は自信と方向を見失ったまま漂流している感さえある。

 もはや「改革」が必要なことは、誰もがわかっている。しかしそもそも何のための改革なのか。その先にどのような社会経済システムをめざすのか。その中で政府はどのような役割を担うのか。そして国民にどのような生活を保障するのか・・・明確な理念やビジョンが共有されることのないまま、言葉だけが踊る小手先の「改革」や、規制緩和という名の「破壊」が続いてきた。極めつけは05年秋の郵政解散・総選挙だが、小泉政権与党の圧勝で終わったものの、熱狂が醒め、いまや参議院選挙目当ての復党問題などが、堂々とまかり通るような状況を見ていると、一体あの改革と選挙は何だったのかという徒労感だけが残る結果となっているのではないか。

 「小さな政府」「官から民へ」の大合唱が、いつの間にかイメージとしての社会的風潮を形成し、税金の無駄遣いや相次ぐ行政の不正・不祥事が、追い討ちをかける構図は依然として続いている。しかし一方で、格差社会の拡大と固定化、地方の衰退、現場の疲弊、若者の目標喪失など、“本当にこれでいいのか?”の問い直しも始まりつつある。

 いまの日本にとって最大の問題は、限界につきあたっている旧来の戦後日本型モデルでもない、かといってこの間突き進んできたアメリカ型社会モデルでもない、それに代わる「もう一つの選択肢」「もう一つのこの国のかたち」を理念と政策に裏打ちされたトータルな社会構想として提示できていないことではないか。

 そのような中で、高福祉社会の実現、民主的で透明な行政、地方分権、男女平等参画社会、そして国をあげた人材育成施策で、世界トップレベルの国際競争力を誇る、スウェーデンをはじめとする北欧諸国に再び注目が集まっている。日本との一番の違いは、自分たちが参加し作ってきた自国の福祉制度や行政システムに対し、国民の圧倒的多数が誇りと高い信頼を寄せている事実だ。

 分権と自治、徹底した情報公開のもとで、高負担であっても自分が払った税金や社会保険料が、具体的に目に見える形のサービスとして戻ってきているとの実感があるからであろう。タテ割の中央集権システムで、税金はお上に取られる感覚、そしてこの間の一連の不祥事や無駄遣い報道で、制度や行政に対する不信・不安を増幅した日本とは大違いである。問われているのは、本当の意味で民主主義をどう機能させていくかという問題なのである。

 いま連合総研では、来年の創立20周年に向けて、「現代福祉国家への新しい道―日本における総合戦略」という大型の研究委員会を発足させ議論を重ねている。

 明日の日本の選択に向け、めざすべき社会の輪郭など骨太のメッセージが発信できればと考えている。(固茹卵)

DIO目次に戻る DIOバックナンバー