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寄 稿
CSRと労働組合
法政大学教授 稲上 毅


 なんだかよく分からないCSRという言葉が「ソトから上から」降ってきたって印象でしょうか──、ヒアリング調査の冒頭、ある企業別組合のリーダーがこう切り出した。「美しい」言葉であればなおさらのこと、そんなものを鵜呑みするのはどんなものか、というそれ自体真っ当な懐疑心さえみてとれた。

 CSR(Corporate Social Responsibility)は外国から輸入された言葉。その意味が「よく分からない」という間隙を突いて、コンサルタントが「正しい」意味はこうですよ、といわんばかりにCSRを商売のネタにし、CSRの専門家まで登場した。

 CSRは「企業の社会的責任」と訳される。どういう意味か。いまCSR先進社会はヨーロッパ、そのヨーロッパで大きな影響力をもつ欧州委員会(European Commission)の『グリーン・ペーパー』(2001年)によれば、CSRとは、「企業がその事業活動およびステークホールダーとの相互関係のなかに、社会的関心と環境的関心を自発的に取り入れていくこと」と理解されている。経済的関心だけに集中するのではなく、他のふたつの関心にも十分配慮した経営を行われなければならないという意味でトリプルボトムラインといわれる。肝心な点は、CSRを日々の企業経営を通じて実現していくべき自律的な規範と捉えていることである。

 もうひとつ、「自発的に」という言い方には「CSRはソフトローですよ」という含みがある。日本経団連や経済同友会をはじめ日本企業の大方の理解とは異なって、ヨーロッパではふつう法令遵守をCSRに含めない。CSRは法令遵守を超えたところからはじまる、とみなされているからである。というのも、1980年代以降、多国籍企業の影響力が飛躍的に高まり、急激なグローバル化が進むなかで、CSRという言葉がこの10年ほどのあいだに再浮上したのであるが、その多国籍企業の行動が開発社会の現地法準拠だけということになると、先進経済では起こりえないような事態(たとえば児童労働とか強制労働とか結社の自由の侵害など)を招く可能性がある。そこで、現地法遵守は当然の前提として、それを超えたところ(領域と水準)についてこういうことはお互いしないようにしよう、という国際的普遍性をもった行動基準づくりあるいはその見直しの機運がめだって高まった、という事情がある。

 この場合の「社会」は国際社会か開発社会であるが、しかしもうひとつ日本社会がある。その日本でいまなにが企業の社会的責任ですかと問われれば、多くの人が企業不祥事を一掃し、法令遵守の経営を確立することだと答える。この点は今回のアンケート調査(連合総研『企業の社会的責任(CSR)に関するアンケート調査報告書』2006年10月)でも確認することができた。

 しかし、その法令遵守という点でいえば、ひとつには、「労働基準法って道交法みたいなもんでしょう」(捕まったらお気の毒)といった劣性の通念がまかり通っている。たとえば、サービス残業が不払い労働であり、法令に触れるという理解が労使双方ともに乏しい。もうひとつ、日本の労働法には企業の努力義務といった曖昧なグレーゾーン規定が少なくない。「企業の努力義務って、別にやらなくたってお咎めなしってことですよね」(努力しなくてよいのが企業の努力義務)といった受け止め方が一般化している。 

 どうしてこうなのか。突き詰めていくと、厳しい経営環境のなか、会社が潰れたら元も子もないという労使の運命共同体意識の負の側面がみえてくる。しかし、法令が遵守されているかどうか、現場に根を張った労働組合ならば分かるはずである。あらためて中期的な視点に立って「ウチから下から」CSRとはなにかについて考えてみる必要があるだろう。

 とまれ、CSRをめぐって労働組合になにができるのか。さいわい、多くの会社がCSRの遂行を営業利益率の向上や人材育成の強化とともに最も重要な経営課題のひとつとみている。また、今後のCSRの取り組みにあたって、会社は「組合が一緒になって積極的に取り組んでくれる」か「会社とは異なる観点から問題を監視し、適切な意見を出してほしい」と考えている。この会社の姿勢をきれいごとだといって片づけてしまわないほうがよい。

 というのも、同じアンケート調査によれば、「企業の社会的責任論が社会的に広がっていますが、この動きを反映して貴組合が会社に対して要求しやすくなった、あるいは交渉しやすくなったことがありますか」という問いに対して、じつに41.4%の組合が「ある」と答えている。心強い数字である。どういうことが要求あるいは協議しやすくなったのか。自記式の回答を大括りにしてみると、休日・休暇(78件)、次世代・育児介護休暇(48件)、労働の質(44件)、コンプライアンス(41件)、高齢者雇用と安全衛生がそれぞれ39件などとなっている。それだけではない。もっと一般的に、「組合が主張してきた法令遵守の認識が会社の経営陣に浸透し、同じ目標で協議ができるようになった」「労使協議の際、『CSRは大前提』という共通認識が醸成されるようになったため、協議内容が180度違うところからスタートすることが減少した」「労働条件全般にわたり、コンプライアンス、モラルの観点から、会社に対して要求しやすくなった」「会社が協議に対して非常に前向きになり、一緒に改善していこうという雰囲気になった」といった書き込みを数多く見出すことができる。組合の手でCSRをより充実したものに組み上げていく格好の手懸かりがこれらの回答のなかにあるように私には思われる。



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