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寄 稿
労働者の権利の尊重―雇用関係の認識―

ILO 労働者活動局 シニア・リサーチ・オフィサー
フランク・ホッファー


 250年前に資本家による世界革命が始まった時、急速に封建的、伝統的制度が契約の自由に取って代わられた。この商業的自由は人々を多くの制約から解き放ったが、同時に、伝統的力関係と義務を、企業の経済的権力へと次第に置き換えていった。

 「勝者の一人勝ち」という市場競争の論理は、富と権力の不平等な分配を結果としてもたらした。それは本質的に国家がもはや企業を規制するのではなく、企業が国家を規制し、国家の規制は社会的必要性ではなく企業の利益のためにあるという危険をはらんだものである。経済的力の集中は、必然的に経済的自由と政治的民主主義の間に緊張状態を生み出すことになる。

 社会は経済的自由の活力から恩恵を受けることができる。ただし、それは社会が経済的権力の濫用に対して自衛手段を持っている場合においてのみである。そうでなければ、持続可能な競争も、政治的民主主義も、あるいは社会的正義も不可能である。

 国家による規制を必要とする中核的分野は、雇用関係である。商法の理念は対等な商業的パートナーが契約関係を結ぶという概念に基づいている。しかしこれは、労働市場においては非現実的な法的な虚構に過ぎない。雇用主は、経済的により依存度の高い労働者よりも、強い立場にある。特別な労働関係法規の出現は、雇用関係を規制する商法の不備の表現に他ならない。労働者が人間としての尊厳を守り、職場や社会全体で市民としての地位を維持するためには、特別な法的保護が必要である。 

 労働基本権やその他の社会的諸権利は、社会が一体化するための要である。労働者の権利と社会的経済的安全保障を統合する機能なくしては、社会は富者を保護する領域と、一般大衆の不安、危機、排斥に満ちた生活という二極に分裂してしまう。それ故に、うまく機能している社会のほとんど全部が労働と社会的保護の優れた法体系を備えている。

 今日、多くの発展途上国において、大多数の労働者は実際問題としてなんらの労働者の権利や社会的権利を享受していない。そしてまた、先進工業国においても多くの法的権利を奪われた不安定な労働者の数が増加し続けている。
二つの力が、この悪循環を生み出している。すなわち、市場競争の誤った理解と、増え続ける企業による不公平な競争である。

 野放しの競争は、頂上に向かってのレースではなく、むしろ底辺へのレースになってしまう。つまり、より弱者たる市場競争者は、一層過酷な状況を受け入れざるを得ないレースである。もし、これらの力が、社会的また環境的に持続可能な発展という概念に組み込まれていないならば、利益の追求と競争が社会を滅ぼしてしまうことになりかねないだろう(ILO「持続可能な企業の促進に関する結論」、2007年)。開かれた国際社会を維持していくためには、国家とさらには国際社会が、すべての競争者にとって必須の指針となり規制となるような社会的枠組みを確立する必要がある。世界レベルでは、国際労働機関(ILO)が政労使による三者構成機関として創立された。ILOは、不公平な労働慣行を是正し、底辺への社会的競争を回避するための規制やガイドラインとしての「国際労働条約および勧告」を推進していく役割を担っている。これらの規則や規制は民主的な審議を通してまとめられたものであり、多様な国々における発展の水準の違いを十分に考慮している。この労働基準の体系は、世界の公益であり、各国はそれぞれの労働法制を一層充実させていくために活用することができる。

 二番目の課題は、企業家が法律の規制の意図を出し抜くべく、虎視眈々と労働法制の抜け穴を窺っていることである。偽装された、あいまいな三角関係の雇用関係、アウトソーシング、見せかけの自営業、下請け、サプライ・チェーンなどが、しばしば駆使され、経済的弱者であり従属的な労働者から雇用保障の権利を奪うような就労形態を作り出している。

 一段と顕著となっている労働法を回避する傾向に直面し、各国政府、労働者、経営者が、数回にわたって、ILO総会の場で、契約労働の問題と、雇用関係のあり方について、議論を重ねてきた。長年にわたる考察、研究、議論の結果、2006年、ILOは指標となる雇用関係勧告(第198号)を採択した。198号勧告は、各国政府に対するガイドラインとして、すべての労働者が労働および社会的権利を享受することをいかに保障するかを示している。この勧告では契約の締結に際して、雇用主が誰であり、雇用保障の権利を保護すること対して誰が責任を負うのかが明確にされていないケースが増えている問題に取り組んでいる。この勧告は、「事実の優先」の原則を導入している。雇用関係の存在は、契約書の形式によるものではなく、事実、つまり就労に関する依存度や従属性といった事実に基づくべきである。ここで「事実の優先」を強調していることは、とりもなおさず、契約締結において、雇用者による経済力の乱用がしばしば起きていることの認識である。労働者は法律的に被雇用の権利を奪われることはない。たとえ、経済的依存度や困窮度のために、そのような権利を放棄するような契約にサインすることを余儀なくされたとしても、労働者は法律的に被雇用の権利を奪われることはないのである。すべての法的権利を伴った雇用関係は、もし雇用関係の事実があれば、契約の形式のいかんにかかわらず、存在する。

 198号勧告は、雇用関係の具体的な定義は提示していない。その代わり、雇用関係を定義するいくつかの指標についてまとめている。例えば、労働者に対する定期的な報酬の支払があること、週休及び年次休暇等についての権利が認められていること、仕事が他の当事者の指示及び管理の下で行われていること、仕事が事業体組織への労働者の統合を含むものであること(第13条)。また同勧告は、各国政府がその法制に際して、前述の指標のいずれかに適っている場合には雇用関係が存在するという法的仮定を、予備知識として持っておくように勧告している。これは、まさしく立証責任を変える。つまり、労働者が自分が実際に雇用されていることを証明しようとするのではなく、雇用者の方が雇用関係は存在しないということを証明する必要があるということなのだ。

 「雇用関係勧告」は、労働組合が、不安定な非正規労働者に対する法的保護を拡大するための活動をそれぞれの国内で展開する際に利用できる新しい道具である(例えばAelim Yun アエリム ユン、2007年を参照)。それはまた、正規雇用の削減に対抗し、すべての労働者に雇用権利を普及させるための綱領となるものである。 

 労働組合は、その活動を安定した雇用関係を依然として享受している労働者を組織し、彼らを代表することのみに限定することはできない。不安定な雇用が増加している。なぜならば、雇用者は新たな契約上の取り決めを悪用して、労働者から彼らの労働者としての権利を奪っているからである。すべての労働者の雇用関係を確実に認識することは、社会的正義として欠かせないものであると同時に、現在、労働者の権利を十分に享受している労働組合員にとって、その権利を維持していくための前向きな方策でもある。



詳細については、以下を参照してください。

雇用関係勧告(第198号) http://www.ilo.org/ilolex/english/recdisp1,htm

アエリム ユン「雇用関係に関するILO勧告および大韓民国におけるその適用」2007年、ILO ジュネーブ http://www.gurn.info/papers/dp4.pdf

雇用関係:ILO勧告第198号の注釈つき手引き、2007年、 ILO ジュネーブ
http://ilo.org/public/english/dialogue/ifpdial/downloads/guide-rec198.pdf

持続可能な企業の促進に関する結論、2007年ILO総会、ILO ジュネーブ
http://www.ilo.org/dyn/empent/docs/F836599903/ILC96-VI2007-06-0142-2-En.pdf



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