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視点


政策の対立軸を明確にし、もう一つの選択肢を

No222 2007年12月

 老人保健制度に替わる財政負担の枠組みとして、政府・与党が昨年の通常国会で成立させた新しい高齢者医療制度は、来年4月からの実施を前にして、高齢者の負担増が一時凍結されることになった。この程、連立与党のプロジェクトチームが決めたその具体的内容は、@70?74歳の患者窓口負担の1割から2割への引き上げを1年間凍結する、A75歳以上の一部高齢者(後期高齢者医療制度における被用者保険の被扶養者であった人)の新たな保険料負担を半年間先送りするとともに、来年10月からの半年間は9割相当負担に減額する、というもので、所要財源は、自治体等の保険料徴収費用やシステム改修経費などを除き合計で約1,460億円とのことである。

 この負担増凍結は、先の自民党総裁選において福田現総理の公約として突如打ち出され、自公の連立政権合意に盛り込まれたものであり、対象高齢者は合わせて約700?800万人と推定されることなどから、各方面から、総選挙目当ての「バラマキ」と揶揄されている。また今回の措置は、70?74歳の患者窓口負担引き上げの一時凍結で約2,500億円の給付費増が見込まれ、うち負担据え置き分の約1,100億円は今年度補正予算で手当されるが、負担凍結で給付費増加に跳ね返るとみられる約1,400億円は医療保険制度間の財政調整に委ねられることから、一部マスコミからは、被用者保険の納付金負担が増えて若年世代にツケ回しになるといった批判が出されている。さらに、朝令暮改ともいえる凍結措置を行う一方で、2008年度予算編成において社会保障関係費の自然増2,200億円を削減するために政管健保の国庫負担削減と被用者保険への負担転嫁を行おうとしている政府・与党の政策矛盾と財政規律の弛緩に対する批判もある。

 高齢者医療費の負担増凍結に対するこのような批判は、いずれも当を得ていると思われるが、こうした批判はどちらかというと「凍結は改革を後退させる」「国会で決めた法律通りに実施すべき」という立場からのものであり、残念ながら「医療費負担増の一時凍結ではなく廃止」を求める声は小さい。民主党は、廃止法案を今国会に提出する方針を固め、10月3日の鳩山幹事長の代表質問では福田総理に「凍結ではなく中止」を求めてはいるが、その後の野党の動きを見ると、露骨な選挙対策や首尾一貫しない与党の対応を批判する意見は聞かれても、本気で負担増廃止に追い込んでいこうとの気迫は全く感じられない。

 日本の医療制度、特に高齢化に伴い医療費が急増している高齢者医療制度は、いまなお効率化や公正化など解決すべき課題が残されているが、日本の総医療費支出を見ると対GDP比率で8.0%(2004年現在,OECD資料)にすぎず、先進30か国中でイギリスよりも下位の21番目という低位にある。この現実は、医療給付水準の抑制と自己負担増への転嫁が繰り返されてきた結果そのものであり、当面の高齢者医療費負担増は一時凍結ではなくまずリセットし、これまでの医療政策の流れを断ち切るべきである。

 野党がこうした選択肢を大胆に示しえない背景には、これからの社会保障負担の問題があり、消費税引き上げの議論に巻き込まれたくないとの意向が働いているのではないかと推測される。消費税増税の議論は、先の参議院選挙まではいわば「封印」されてきたが、選挙後、特に福田内閣発足後は、政府・与党サイドからかなり踏み込んだ提起が行われている。例えば、経済財政諮問会議は、今後25年度までに最大で28.7兆円の増税必要額が生じ、単純計算で12%弱の消費税引き上げが必要との中長期試算が財政当局から示され、また、基礎年金を全額税方式に移行すると消費税5?7%の引き上げが必要との試算が民間議員から出され、すでに増税シナリオの議論に入っている。これと符丁を合わすように政府税制調査会は、これからの社会保障の姿を明らかにすることなく社会保障の安定財源として消費税率の引き上げを近く答申しようとしている。

 こうした議論の流れをみると、一部に成長重視の意見があるとしても、これからの社会保障財源を確保するためには消費税の引き上げしか選択肢が無く、残されている問題はそのタイミングだけであるかのようである。しかし本当にそうなのか。社会保障財源は、消費課税だけでなく所得や資産への課税のあり方も含めて検討されるべきであり、また、所得再分配や社会保障負担のあり方と一体的に考えていく必要がある。

 神野直彦・東京大学大学院教授は、「サ?ビス給付を担う地方政府、現金給付を担う社会保障基金政府、ミニマム保障を使命とする中央政府という三つの政府体系を確立し、参加保障国家を創造すべき」と提案し、所得税と法人税を基軸とした国税は実質的累進性を高め、一方、応益原則で課税されている消費税は地方政府が提供する福祉・教育・医療などの対人社会サ?ビスの財源として、社会保障基金政府の財源である社会保障負担は賃金所得や事業所得に比例して拠出すべきであると主張している(岡澤憲芙・連合総研編著「福祉ガバナンス宣言?市場と国家を超えて」参照)。累進課税の強化を通じた福祉政府づくりというこうした意見を、大いに参考とすべきであろう。

 マスコミの世論調査では、社会保障財源を確保するために消費税引き上げが必要との考え方に「納得できない」人が54%と半数を超えるという結果も示されているが(11月6日、朝日朝刊)、どのような社会保障政策が必要なのか、その財源をどのように確保していくのかということは、これからの社会のあり方そのものに深く関わることである。これから政権を担おうとする野党には、目指すべき社会像を明らかにして、その実現へのもう一つの選択肢と政策の対立軸を明確にすることを期待したい。(地の塩)


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