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寄 稿
キャリアデザインに必要なことは
全部マンガに描いてある!?

法政大学キャリアデザイン学部 梅崎 修

ビジネスコミックスの世界

 2年前に『マンガに教わる仕事学』(ちくま新書)という本を書き上げた。40作品のビジネスコミックス(職場を舞台にしたマンガ)を紹介し、職場と仕事の現代的意味を読み解いた。仕事学とは、流行の言葉で言い換えれば、キャリアデザイン学になる。自称ではあるが、ビジネスコミックスをテキストにしてキャリアデザインを学ぶはじめての本であった。

 だが、正直に言うと、マンガと聞いて顔をしかめる人は多かったと思う。「日本のマンガは分かり易いですね」とか、「マンガの絵は素晴らしいですね」とか、通り一遍のホメ言葉は言ってくれるが、マンガなんて子供が
読むもの、大人の仕事世界が“そんなもの”でわかるか、という批判と疑いがありありと顔に表れている 。
しかし、マンガを侮るなかれ。日本は世界に冠たるマンガ大国である。ここで私は、キャリアデザインに必要なことはすべてマンガに描かれてある、と宣言したい。本稿では、拙書の一部を紹介しながら、マンガの読み方を読者に伝えたいと思う。


フィクションの中のリアル

 たしかに、新聞では、激動する政治経済の“今”が報告されている。また、ビジネス書では、仕事のノウハウやキャリアアップの方法が自慢げに語られている。しかし、働く人の実感や無意識の願望を読み解くには、やはりビジネスコミックスでなければならない。

 ただし、注意して欲しい。フィクションとしてのビジネスコミックスが持っているリアルとは、そこに描かれている世界の具体性というよりも、それを読んでいる人たちの願望の具体性なのである。

 たとえば『釣りバカ日誌』(小学館)や『総務部・総務課 山口六平太』(小学館)という長期連載のビジネスコミックスがある。この二つのビジネスコミックスには、どこか昭和の懐かしさが漂う、現代には何処にもないであろう職場が描かれている。ここ10年、会社をお騒がせしていた「成果主義」騒動も「IT」騒動も全く関係ない職場である。

 『釣りバカ日誌』の浜崎ちゃんの和気あいあいとした職場関係、六平太の出しゃばらない和風リーダーシップを読んでいると、われわれの心の中にある、願望としての職場像が浮かび上がってくるのである。成果主義やコスト削減が叫ばれていた職場において、六平太の以下のような言葉はわれわれへの励ましでもあったのだ。


「無駄と見るか、余裕(ゆとり)と見るか、だと思います。」そして、「ハンドルやブレーキにも、すこしアソビのある方が、安全ですし。」(第11巻より)


 また、どうやらワークライフバランスがかけ声ばかりで終わりそうな忙しい職場において、浜崎ちゃんの釣り道楽が、『クッキングパパ』(講談社)におけるアットホームな荒岩家が、働く人びとにふっとした安らぎを与えていたのである。

 そもそも仕事なんて、職場から切り離して議論することはできないのだ。同じ仕事であっても「どんな上司の下で働くか」、「どんな同僚と働くか」で大きく変化するものである。だから、本当の理想の上司像を知る必要があり、そのためには『怪傑!!トド課長』(講談社)、『人事課長鬼塚』(集英社)などを読めばいいのである。

 もちろん、「上の都合で若い社員が振り回される。全力で頑張っている彼のような人達が割を食う会社は__不健全です」というトド課長の台詞を実際の職場で聞くことは少ない。しかし、その台詞に感動してしまう私たちの心の中には、理想の上司像が確実に存在しているのである。

 職場を単なる働く場所(生産の場)と考え、仕事を労働サービスとその対価(賃金)の契約と割り切ってしまう。そのような考え方に正面から対抗はしないが、いつもでもななめ横から本当の声を届けてくれていたのが、ビジネスコミックスであった。

 革新や新規が求められる時代、オモテの声がいくら変わろうと、いや変わるからこそ、われわれは変わらぬものを求めているのだ。


ゆるめる価値

 ビジネスコミックスのすばらしさは他にもある。ビジネスコミックスは、ビジネス書やビジネス小説と大きく異なり人が羨むような成功者が登場することが少なく、むしろ平均以下のダメサラリーマンが主人公になることが多い。新聞や雑誌に掲載されているマンガもそうなのだが、ダメサラリーマン物語は一つのジャンルを形成している。

 ビジネスの世界では、つねに新しいものが求められ、発展や成長が至上命題とされる。そのためには、成功のノウハウを学び続ける必要もあるのだろうが、その一方でそんな経済環境が働く人達に緊張を強い、ストレスを肥大化させているとも言える。

 むしろ、メンタルな問題を抱える人が増えている会社で、いま最も欠けているのは、遅れることやゆるむことの隠された価値を再評価することではないだろうか。弛緩があって緊張が活きるのであって、緊張させるだけでは、長い仕事人生を健康に働くことはできない。そのためにも、ビジネスコミックスの中にゆるめる方法を探す必要があるのだ。

 たとえば、『酒のほそ道―酒と肴の歳時記』(日本文芸社)の主人公、大の居酒屋好きである岩間宗達氏は次のように語っている。


「酒は日常の煩わしさをいっとき忘れるために飲むもの、であるからして世間の俗事を離れ、アタマの中をカラッポにして、居酒屋のざわめきを聴くでもなく、ただひたすらボーッとするべし。」


 同様の楽しみは、先ほど取り上げた『釣りバカ日誌』でも、「タンマ君」(文春文庫)をはじめとした東海林さだお氏の一連の作品でも“発見”されている。

 まあ、もちろん岩間氏のように飲んでばかりでは問題があるのだが、のびのびと弛緩することの小さな楽しみが、われわれにも伝わって来るではないか。

 このように私たちが忘れている、大げさにいれば排除している小さな価値を細かい網の目ですくい上げてくれるのが、ビジネスコミックスである。

 そうであるならば、われわれ仕事人は、これらの作品群を読まなければならない。あらためて宣言しよう。

 キャリアデザインに必要なことはすべてマンガに描かれてある、と。



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