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理事長コラム
『信ずること、の意味』
神津 里季生

信ずること、の意味~惰性からの脱却で未来を展望しよう

File.142026年3月30日発行

<反省の弁>

まずは反省の弁から。

せっかく設けられたこのコラム、私の怠惰で随分と間をあけてしまった。普段はあれも書きたい、これも書こうなどと思っていたのだが、気がついたら、ほぼ一年間サボりっぱなし、そして気がついたら、理事長退任間近などということになってしまった。

そもそもこういうコラムであるとかブログの類は、思ったことをすぐに、サッと書かないといけないということを、今頃になって痛感している。もともと書くことは嫌いではないなどというつまらない自負があって、いつでもできるよという構えが間違いのもとであったかもしれない。いつの間にか筆不精になっているわが身の実情を直視せねばなるまい。まさにこれが「老化」というものだ。

「怠惰」の惰は「惰性」の惰である。ずるずると、なんとかなるということで日々を惰性で過ごしていると、気がついたら大きな過ちにつながっているということだ。

<未だ戦後は終わっていない>

「怠惰」などとまでは言わないが、わが国の病弊も一種の「惰性」のなせるわざであるということではなかろうか。(自分のことを棚に上げてえらそうに言うが)日本の政治・経済・社会に横たわる様々な問題は、具体的な課題認識だけはとっくのとうに指摘されている事柄ばかりなのだが、どうやってそれらを克服していくか、何をどうしていくかの実行面での対応が見られないままにずるずるときてしまっている。もしかしたらみな、それでもなんとかなるだろう、あるいはなんとかなるはずだと思っているのではないか。(いわゆる正常性バイアス)そして、そういう雰囲気に国全体が染まってしまっているのではないか。

筆者はあるところで、あの有名な「もはや戦後ではない」という言葉に対しその逆張り的に、「未だ戦後は終わっていない」という論旨を述べたことがある。連合総研に集う諸氏からすれば先刻ご承知のことであるが、この「もはや戦後ではない」という言葉は、実は世間には誤解とともに伝わってしまっている。1956年の経済白書のなかで使われたこの言葉は、もともとの「これまでのように戦後の復興需要に頼ることなく自力で成長していかねばならない」という本来の趣旨が置き去りにされて、「戦後の荒廃から脱してイケイケどんどんの時代になったぞ」という感じの、高度経済成長の波を象徴する言葉として使われることが多くなってしまった。

そしてその「誤解」は、今日に至る「惰性」につながっているという意味で、単なる言葉の解釈の誤解というだけのことで済まされるものとは思われない。大変罪作りな誤解であると言えよう。

<高度経済成長の思い出(=錯覚)>

その最大の罪は、高度経済成長が日本の経済社会の輝かしい時代であって、これで日本は一人前になったという錯覚を生じさせたということである。

様々あるなかで一つだけ強調しておきたい。高度経済成長、良かった良かったとされてきた一方で、わが国には本格的なセーフティーネット、生活保障とリスキリング・再就職をパッケージにしたセーフティーネットの仕組みが極めて不十分なままに今日に至っている。高度経済成長期、降ってわいた好景気のもとで実質的な完全雇用の状況が続いたために、これが当たり前と思ってしまった。その結果、先進諸国の政労使が積極的雇用政策に対して投入している厚みのある財源やマンパワー、ノウハウに対して、わが国は大きく後れをとったままなのである。

そのようななかで、この国では働く者の思いを反映した労働移動が極めて低調である。転職という所作が以前に比べれば多くなってきているとはいっても、それは自分を高く売れると思っている一部のエリート層を中心としたものであるし、一般的には、転職したのに賃金は下がるというケースも未だに少なくない。

セーフティ―ネットが具備されている先進諸国の人々は、現状に不満があったり、自分にあった職業を求めたいときは、さっさと会社をやめて次の進路を求める。わが国のように仕事の喪失が即、生活不安を意味するということはない。一方では使用者側の解雇規制も緩い。そういう土壌があるからこそ働く者の側にバーゲニングパワーがあり、そのもとで賃金もあがり、生産性が上昇し、経済の活力が向上するのである。

本当にリスキリングと労働移動を促進していこうと思うのであれば、失敗しても路頭に迷うことはない生活保障が不可欠である。そのことにより、より多くの人々が、チャレンジをし、そしてそのことで初めて得られる気づきがあるのである。生きること・働くことの力が生まれるのである。

そういう骨太の改革なしに小手先の議論だけで雇用・賃金の問題への対処が堂々巡りを繰り返している。錯覚にとらわれたままでは、将来にわたる持続性を具備した成長軌道を描くことは困難である。

<置き去りになったままの民主主義>

以下、我田引水と見られることを恐れずして続けたい。

労働運動が政治的影響力を持ちながら制度改革を進めてきた先進諸国においては、前述のようなセーフティーネットは社会的な基盤となっている。基本となる税財政を含めて、将来にわたる持続性を重視した経済・社会の構造を実現してきている。

私は、「もはや戦後ではない」という言葉の誤解は、わが国の民主主義の未成熟ともつながっていると思う。敗戦直後にGHQが持ち込んだ価値観は理想主義に燃えたものであった。しかしほどなく、赤化の波を恐れた軌道修正により、様々な改革は中途半端なままに止まってしまった。

労働組合の組織率にそのあたりの事情は顕著にあらわれている。終戦直後で最初に統計の取れる年度である1947年の組織率は45.3%、労働組合員数は5,692,179人、実に約570万人もの労働者がゼロから一挙に組織化された。その流れはしばらく続き1949年には組織率55.8%、組合員数も6,655,483人を数えるに至った。しかし翌1950年には組合員数は5,773,908人と激減し、組織率も46.2%と大幅に低下している。

朝鮮戦争という東西冷戦構造の激突が隣国で繰り広げられ、共産主義の伸長が安全保障上最大の脅威となる中で、労組促進の流れは明らかに変わった。独立を回復した翌年1953年には組織率は30%台(36.3%)に落ち込み、二度とこの数字を越えることはなかった。

西欧民主主義国家に比しての主権者教育の薄さ、人権教育の欠如等は概ねこのような事情と軌を一にしたものであると私は思う。選択的夫婦別氏制度が未だに置き去りにされていることは象徴的である。本来なされるはずの改革は止まったままで今日に至っている。未だ戦後は終わっていないのである。

<労働運動の進化は始まったばかり>

嘆いてばかりいても仕方がない。こうやってみると様々なことが周回遅れにみえるのだが、戦後戦後と言っても、たった81年の話である。目の前の変化だけで物事を断じてはなるまい。

私たちホモサピエンスの出現から約20万年、世界四大文明の時代から概ね5千年前後、そしてこの世に労働組合というものが生まれてから、まだ200年にもなっていない。ILOが発足して政労使三者構成の一員として労働組合が認知されてからもまだたった107年である。世界においても労働運動という営みは人類史上、まだ始まったばかりのものなのである。

労働組合があって、そこではじめて集団的労使関係が生まれ、そのことではじめて労働者の主張が形を伴い、権利が保障され、生活が守られる。そして人々が活き活きと働けることで、良質な製品がつくられ、素晴らしいサービスが世の中に送り出される。そのことによって配分の基礎となる付加価値が実現し、富が生まれる。

戦乱やテロはの根本原因が、貧困とそこから発する怨嗟、憎悪の連鎖であるとするならば、そこに本当の意味での歯止めをかけることができるのは、労働組合であると私は考える。富を生み出し、それを分かち合うことができ、安心社会の構築につなげていくことのできる労働組合、労使関係という機能に他ならないと思うのだ。

そういったうねりを起こし、進化のネジをまいていくのは、労働組合に集う人々自身であり、関わる一人ひとりの力に他ならない。それを信じて前を向いて進んでいくことに他ならない。

信ずること、の意味がここにある。

連合総研 理事長 神津里季生

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