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前理事長コラム
『時代を見つめる』
古賀 伸明

「7枚のマスク」

File.572020年9月23日発行

「7枚のマスクでどんなメッセージを伝えたかったのか」と聞かれ、「あなたがどんなメッセージを受け取ったのか。それの方がもっと大事です。私はみんなに話を始めてもらうことが重要だと、そんなふうに感じています」のやり取りが注目を集めた。

日本では、突然の安倍総理辞任に伴う自民党総裁選挙真っただ中の9月12日(日本時間13日)、大坂なおみ選手がテニスの全米オープンで2年ぶりの優勝を果たした後の、優勝者インタビューのひとコマだ。

その約2週間前、彼女は米ニューヨーク州で行われたウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝を棄権した。大阪選手は「私はアスリートである前に1人の黒人女性。テニスを見てもらうより大事なことがある」とツイッターに綴った。ウィスコンシン州での警官による黒人男性銃撃事件に対する抗議のボイコットである。

彼女の棄権表明を受けて大会の主催者も「人種の不平等と社会の不正に抗議する」として、その日に予定されていた全ての試合を中断し翌日から再開となった。大阪選手は「出場することで、より強い抗議の意思を伝えられる」として翌日の試合には出場した。

そして冒頭の全米オープンテニスだ。大阪選手は、この大会を通じて人種差別への抗議を続けた。犠牲者の名前が記されたマスクを7枚用意し、試合ごとに1枚ずつ着用したのだ。7試合目が決勝であり、決勝まで進む決意をも示したのであろう。

今年5月25日、ジョージ・フロイド氏は偽札使用の容疑で拘束され、手錠をかけられたまま警察官により頸部を膝で圧迫され窒息死した。この殺人事件は、6年前に警察官による締め技で窒息死したエリック・ガーナー氏の時と同じように、"Black Lives Matter"(黒人の命は大切だ)というメッセージを掲げた大規模な抗議活動の引き金となった。11月3日に迫った米国大統領選挙でも、人種問題が大きな争点に浮上している。

彼女は「スポーツに政治を持ち込むな」といった批判が出ると、毅然と「これは人権問題です」と真っ向から反論した。今回の一連の行動で、大阪選手は単なるテニス選手ではなく、強い意志と社会的な役割を担う発信者としての位置づけを明確にした。スポーツで活躍することが、社会の変革に貢献することは、アスリートにとって大きなやりがいにつながるであろう。

然らば、私たち自身はどうする?

自分自身の差別に対する意識や価値観を、深く考えてみることから始めたい。自分の考えを整理し、身近な人と意見交換する。すなわち、内省・発信・対話、そしてまた内省という、コミュニケーションのサイクルを廻していくしかない。

歴史社会学者の小熊英二氏は「差別のありようは社会によって違うのです。まず、国内にも差別があることを認識する。そこから始めてはどうでしょう」と提起している。

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