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「固定電話恐怖症」から考えたこと ~事象を理解し、対応する~

尾﨑美弥子2020年3月 3日発行

 しばらく前になるが、テレビで「固定電話恐怖症」について取り上げられていた。

 会社などの固定電話に出て、応対することに恐怖やストレスを感じるものらしく、特に若者を中心に増えているという。同番組内では、その原因について、今の若者はスマホで発信者が分かった上で電話に出ることやLINEなど文字ツールでのやりとりに慣れており、発信者が分からず、即答を求められることへの「経験不足」があるとしていた。

 今の若者に限らず、正直、自分も若い頃、一日中職場で鳴り続ける電話への応対に非常にストレスを感じていたので、一概に「今の若者」の問題と言えるのかなと思いつつ、固定電話によりそのような苦痛を感じることについては十分共感できた。一方で、何でも安易に「恐怖症」と一括りに言ってしまうのはいかがなものかとも思った(念のためだが、何らかの恐怖症がある人の中には、WHOの国際疾病分類(ICD)やアメリカ精神医学会の診断基準(DSM)で病気と診断されるような人もおり、そうした方を否定するものではない。)。

 しかし、こうした「名前」が付くと、対策がとりやすくなるメリットもある。実際、番組内でも、固定電話が苦手な若手社員のことを考え、固定電話を廃止し、外部からの問い合わせ等を電話では受け付けないようにしたことにより、タイムロスが減り、作業効率がアップしたという会社が紹介されていた。この会社が「固定電話恐怖症」という名前を知った上で対応したのか、目の前の社員の状況を受け止めて対応したのかは定かではなく、また、世の中には高齢者など電話が主な問い合わせ手段である人もいるので、必ずしも他の会社でも同じ対応ができる(あるいはすべき)とは限らない。しかし、この会社が「みんな通ってきた道。そのうち慣れる」といった精神論や「今の若者は」論にとどめず、きちんと対策に活かしたことは意義深いし、「固定電話恐怖症」という名前とともに、こういう状況の人がいること、対策を講じ改善したことが紹介されたのは大事なことだと感じた。

 起きている事象を理解し、対応することは、日々、あらゆる場面で取り組まれていることだと思うが、その事象に「名前」が付くと、より広く一般化して理解され、世の中全体での対応が進むように思う。

 例えば、発達障害もそうだし、児童虐待もそうだ。発達障害については、「なんか変わった人」と思われ、人間関係や仕事がうまく行っていなかった人が、実は発達障害であると分かることにより、本人も周りも客観的な言葉でその状態が理解でき、対応策が分かり、お互いに生活しやすくなる。さらには、同じような障害を持つ人を受け入れやすくなる。児童虐待も、ある家庭の行為について、「あそこの家はしつけが厳しいから」と個別論で終わっていたのを、その行為が一般的に児童虐待であることを学校や児童委員など地域の人が認知することにより、関係機関による介入などの防止策に繋がりやすくなる。

 繰り返しになるがここで重要なのは、ある事象をきちんと理解し、対応することである。名前を付けることではない。しかし、その前提として「名前」があることで、抽象的な何かが周りと共有できるものとなり、情報が整理され、理解が深まり、さらには安心にも繋がる。

 今、連日、新型コロナウィルスによる感染症について報道されている。この感染症自体は「COVID-19」と命名されており、未だ科学的に解明されていない部分があることについては早期解明を、対策で不十分なところについては早期対応を期待するほかないが、それより問題なのはこの感染症に伴う名もなき社会的現象にあるように思う。様々な情報が真偽不明かつ整理もされないまま流布し、漠然とした不安が広がっている中で、感染者や医療従事者とその家族等への差別、地域への風評被害、デマとそれに伴う買いだめ、理不尽なクレーム・喧嘩など理屈を超えた感情的な問題が至るところで起きている。

 こうした状況で、私たち一人ひとりに求められるのは、今一度冷静になり、少なくとも感情的な行動はしないことではないだろうか。不安からは何も生まれない。そしてできれば、より正しいと思う情報を取捨選択し、今起きている状況を正しく理解しようとし、自分がやるべきこと、できることを一つずつ行っていくことが、漠然とした不安な気持ちを抑える助けにもなる気がする。

 もちろん、その前提として、政府は然るべき感染症対策を行うとともに、国民にとって正しい理解・対応に役立ち、安心に繋がる情報を迅速かつ分かりやすく発信することが求められるし、また、マスコミにもそのために必要な報道を是非お願いしたい。

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