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新型コロナ禍をめぐる覚書  この2か月のつらい経験は何だったのか

中村 善雄2020年6月 8日発行

 新型コロナの感染拡大がようやく収束し、49日から続いた緊急事態宣言が525日解除された。「経済」の再建に向け、「ウィズ・コロナ」「アフター・コロナ」の局面に入ったといわれている。人の交流・経済活動が、全世界的に停止した影響は絶大だったし、当初のV字回復の期待も空しく、生活・雇用面で暫く厳しい事態に直面していくことを多くの人々が感じているだろう。とはいえ、このおよそ2か月あまりにおける先の見えない閉塞感の中での精神的ストレスは尋常でなかった。医療や介護、物流や流通など不安に直面しつつ社会的インフラ維持のため懸命な活動を続けてきた人々はもとより、「8割の接触自粛」で活動の自由を奪われた人々も、息苦しさを如実に感じ、普段の何気ない日常のありがたみをこれほど意識したことはなかっただろう。政府は「気の緩み」に警戒を呼び掛けるが、この「解放感」は否定すべくもなく、多くの人々に行き渡っているように思われる。

 外出自粛という抑制行動を全国民が一斉に行うことが、一刻も早くコロナ禍を収束させ、その後の経済を回復させ社会のためになるという社会的合意が、見事に実践され、現在の局面に至ったと評価されるであろう。しかし、コロナの危機が終わったわけではなく、再度の危機が発生するというのは、経験則でもある。解放感はひとしおだが、霧はまだ完全に晴れておらず、一抹の不安が漂っているというのが現状であろう。この間、多くの人々と同じように、新聞などでコロナの一連の記事に目をこらすとともに、過去の歴史の教訓も含め様々な言説・知識にも触れる機会があり、多くのことを考えさせられた。最初の危機が収束されたことに安堵しつつ、さてこの間の喪失は何だったのだろうともやもやが残る。現在からみて、今回の経過を振り返りながら、自分なりに整理してみたい。

〇 今回の日本の経過を結果的に後付でみると・・・

(オーバーシュートを回避しえた日本 被害の深刻だった欧米)

 非常事態宣言が解除された525日時点での日本の状況は、国内感染者16,415人、死者852人であった(感染者数には長崎のクルーズ船(149人)と検疫管など(10人)を含む。526日付日本経済新聞)。他に空港検疫で感染が確認されたもの162人、チャーター機帰国者15人がいる。

 欧米の被害が深刻であった(そして今ではロシアやブラジル、インドをはじめ、衛生水準が相対的に低いとされる地域に猛威を振るっている)のに対し、直接の感染という意味では、日本の被害が小さく、爆発的なパンデミックの抑え込みに成功したようにみえる。衛生水準が国民の意識を含め高かったことや、3月中旬からのオーバーシュートの兆候に対しての自粛要請に対し国民が一致団結して対応したことが背景にあるのは間違いないであろうが、この違いは何だったのだろう。幸運に恵まれていたこともあるように思われる。

(歴史の皮肉か  振り返ると 幸運な状況もあった日本)

 感染爆発を抑える「外出自粛」と「ロックダウン」の違いは私にはよく分からないので、勉強してみる必要があると思っているが、少なくとも感染拡大防止という点からは、人との接触を避けることが歴史的にも唯一ともいえる手段であり、その徹底の仕方の違いということなのだろう。日本でも「ロックダウン」という言葉は政府・マスコミで多く聞かれたが、法的強制力の有無の話は何となく分かるものの、「ロックダウン」がどういうものか具体的には、ついにわからなった(イタリア、ドイツ、フランス それぞれ接触制限・移動制限の内容はさまざまであった)。ただ、欧米の爆発的な感染状況の報道とともに、イメージとして国民に大きな危機感を与えたことだけは間違いないように思われる。そして、「外出自粛」が全国民に徹底されオーバーシュートが回避できたのも、危機感の受容状況の違いとタイミングの幸運な欧米とのずれにあったようにも思われる。同時期にオーバーシュートの危機にあったものの、緊急事態宣言等の発令時におけるその初期値は日本の方がはるかに低かったし、危機に対する国民の感度も高く、有効な行動の実践へと即座に結びついた。

 歴史の皮肉とも思えるが、結果的には感染源の中国は欧米に比べ被害を少なくとどめ、一方経済と人の交流が緊密に結びついた現代世界では、感染危機はあっという間に拡大し甚大な被害を発生させることを明らかにした。今や対応の鍵は、全国民的なリスク認識と迅速な対応能力にかかっている。

 振返ってみれば、歴史の幸運は日本にも作用したようだ。世界的なパンデミックが発生した3月までの事態の推移は、日本国民がパンデミックの脅威について現実的な認識を深め、4月以降の行動自粛に円滑に結びついていく心の態勢が準備されていった期間となったようにも思われる。

 総じてこの期間は、初期封じ込め対策(水際対策とクラスター対策)が有効に機能しパンデミックの伝播が抑えられるとともに、国民がパンデミックの脅威について現実的な認識を深め、4月以降の行動自粛に円滑に結びついていく心の態勢が準備されていった期間となったように思われる。ただ残念なのは、クルーズ船や北海道での経験で医療体制の現実的な問題がかなりの程度みえかけたにもかかわらず、危機管理対応の着手が遅れたように思われることである。

〇今私たちはどのような地点にたっているのだろうか・・・つらい経験の意味は?

(感染症対応の視点からみた現在の世界の位地)

 つらい経験であったが、第一次のパンデミック危機が収束しつつある現在は、どういう状況にあるのか。

 常識的なレベルからの実感を振り返る。人類史からみた感染症・パンデミックへの対応という巨視的な観点からの経験値(常識)は大きく以下のようなものだろう。

(1)人類は常に間歇的な感染症の脅威にさらされてきた。感染症は世界に伝播し、多くの人命を奪う。膨大な犠牲の後に集団的に免疫を獲得することで収束する。近代医学は根本的な対策であるワクチンの開発と症状を緩和する対症医薬療法により、この脅威に対抗してきた。現時点、有効なワクチンは開発されておれず、まだしばらく時間がかかる。

(2)経済や人の交流が緊密に結びついた現代世界では、瞬く間に世界的なパンデミックが発生しうる。またウイルスは進化し、変異したものが逆流し世界を駆け巡ることもあり、リスクはかなり高まっている。

(3)疾病(疫病)の対応に社会的に有効なのは、衛生状況の改善であり、近代国家はこれに大きな役割を果たした。しかしひとたび、有効な治療のない感染症のパンデミックが発生してしまうと、それ対して人類は「隔離」以外の手段をもっていない。「隔離」は人の接触機会を抑えウイルスが増殖できずに死滅するのを待つ伝統的で有効な手段。社会的に組織された「隔離」=人の移動の制限・禁止することが、広義の「封じ込め」といわれる。感染拡大のスピードとの闘いであり、その規模が大きくなってしまうほど社会・経済に与える影響は極めて深刻なものとなるが、最終的には「ロックダウン」でしか鎮静化できないというのが歴史の現実であった。

 これは余談だが、「隔離」受容のメンタリティーは人類史深く「共同体」(の意思決定)に根差しているようだ。中国の「武漢封鎖」、欧州のロックダウンも、農村共同体や中世ヨーロッパの都市国家の歴史的伝統とメンタリティーが背景にあることも意識しておくことが必要だろう。

(4)初期の「隔離」(封じ込め)は、パンデミック防止の有効な手段である。特に新規の感染症の発生の場合、国家間の「水際対応」は世界的な感染拡大抑止の有効な手段として機能してきたが、今回、ウイルスはその発症前の潜在性が強いこともあり、世界的な拡散に至ってしまった(拡散してしまった以上、一時収束したとしても、その対応は難しいものとなっている)。

(5)「隔離」は非情な側面を持つが、現代医学の進歩と現代国家の行政機能の高度化は、その痛みを緩和する手段を生み出した(それにおそらく情報技術の進展がさらに有効性を高めつつある)。洗練されたミクロ的な「封じ込め」(クラスター対策)である。初期の迅速な対応体制の準備(危機管理)と現場での行動の迅速性が鍵を握る。難しいのは、現場の感度と経験値の蓄積・訓練だが、ワクチンや有効な治療法が確立していない現状では、唯一最上の対抗手段といえる。

 これらの点からすると、新型コロナとの闘いはまだ始まったばかりといえる。欧米は第一次の感染はピークを越えたものの、ロックダウンという劇薬によって、かろうじて社会の崩壊を回避し、洗練された「封じ込め」が再び機能する水準まで押し下げたにすぎない。瞬く間に世界的なパンデミックとなった現代社会で、人の交流や経済を遮断することは不可能で、またこれを続けていくことも持続可能でない。国際的な途上国支援とともに、国民の社会防衛機能強化の自覚に支えられた迅速な危機管理体制の再構築が、全世界的な要請となっているといえ、これと不即不離で「新しい生活スタイル」の模索を続けていくというのが、巨視的にみた今の状況なのだろう。

 しかし苦しい。こんなことは早く忘れてしまいたいというのが本音であり人情であろう。 スペイン風邪の教訓と記憶は見事に民衆の意識の歴史から忘れ去られたようだとの記事に接したが、ある意味当然である。教訓はともかく、苦しい意識・記憶は「天災」として心の整理をして一刻も早く忘れてしまうのがよい(「天災は忘れたころにやってくる」は至言と頭だけで意識しつつ)。東日本大震災の苦しい記憶はまだ生々しいものの危機に対する認識・行動レベルでの国民の感性と変容は苦しい記憶だけでなく無意識のレベルでも確実に進んでいる。今回のつらい経験も、幸運だったと思われる面も含めて、私たち国民の意識の基底で共同体としての連帯や社会防衛機能強化の自覚といったポジティブな変容を強め実装化しつつあり、それは現在世界で模索されている未来への対応における日本の優位性ではないだろうか。この苦しい数か月の経験に、偶然も含めて意味があるとすれば。

                                    

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