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「大宝恵(おぼえ)」

萩原 文隆2021年3月10日発行

 最近、私は職場でも、家でも傍らに小さなメモ帳を置いている。その表紙には「大宝恵」と書いた紙を貼っている。

 まず、この「大宝恵」であるが『おぼえ』と読む。むろん「覚え」の当て字である。これが「大きな宝の恵」と、みごとにとてもおめでたい文字に変換されている。

 実はこの名前は、ある落語の演芸場で使われている「ネタ帳」の表紙に書かれているものをまねしたものである。「ネタ帳」とは、演芸場でその日に落語家が上演した演目(これをネタという)を楽屋で書き留めておく帳面のことである。そして、その帳面の役割は、後から出る芸人がそれを見て、演目がだぶらないように当日の自分の演目を決めることなどに使われているという。

 もちろん、私は芸人でもないし、仮に何かを話してくれと言われてもネタ(私の場合は「講演テーマ」か)などがいくつもある訳でもない。ただ、おめでたい文字を並べておくと何かいいことがあるのではないか、単純に思って表紙に書いただけである。

 さて、では、私はこの「大宝恵」には何を書いているのかである。この間、コロナ禍対策による在宅勤務が増え、通勤時間がなくなるなどして比較的書籍を読む時間が取れるようになり、自宅の「積読」の在庫もかなり減少させることができた。そこで嫌というほど実感したのが、書籍に出てくる漢字が読めない(正確にいえば、その読み方で正しいか自信がない)、あるいは、その字を手書きすることができないことが、ままあることである。

 これから先は言い訳になるが、これまでは、正確に読めなくとも、「まぁ、この漢字からするとこういう意味だろう」と読み飛ばしたり、あるいは「書くときはパソコンに入力すれば、正確に出力されるからいいや」と思ったり、さらに最近は細かい文字が良く見えないから面倒になり、余計にそのような対応が増えてきた。

 一方で、世に言う「アラ還暦」にあたる筆者の年齢になると、特に若い人と話していて、ふと「この用語の使い方は正しいか」などと、話をしている最中でも気になることも増えてきた。

 そこで、読み方に自信がない場合、意味が今一つあいまいな場合、そして読めるけれど書けない文字や用語が出てきた場合、その「大宝恵」にメモをして、読み方や意味を確認したり、大きく書き写したりしている。そうすると、以外に貯まるものである。いかに自分が文字や言葉を曖昧に使ってきたが分かってきた。

 例えば、「暫時」と「漸次」のそれぞれの意味は、「洞ヶ峠を決め込む」とはどういうことか、さらにさらに「漸次」は「『にすい』ではなかったのか」、「『洞ヶ峠』は存在する地名なのか」など、このコラムを読む方にはその程度かと思われるかもしれないが、私としては調べてはひとり感心をしている。

 在宅勤務が続く今日もメモされる項目が着実に増えている。

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