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ある女性との出会い

豊田 進2021年4月 6日発行

 もう10年ほど前になるだろうか。

 土曜日か日曜日か、その日、仕事は休みで、私と妻は遅めの起床だった。1階のリビングのカーテンを開ければ、いつもの風景が広がるはずだった。が、その日は少し違った。庭のベランダの椅子に、年配の女性が一人、穏やかに座っていた。私たちの身内ではない。

 なんとなく事情に察しがついた私たちは、「おばあちゃん、こんにちは~」と話しかけてみた。女性は、身なりも振る舞いも上品な方で、微笑みながら「こんにちは~」と返してきた。いろいろと話を聞いてみると、私の家をその女性のお姉さんの家だと思っているようで、遊びに来たとのことだった。その女性や、お姉さんの名前を聞き出したものの、残念ながら、私たちには思い当たるお宅がない。自治会の班長に聞いてみるも、結果は同じ。あまり、その女性を驚かせたくなかったので、警察への連絡をためらっていたのだが、しかたなく、電話してみると、ちょうど、ご家族から捜索を願う連絡があったとのこと。ほどなく、警察官が迎えに来てくれ、女性は無事にご家族のもとへ帰られた。

 その日の夕刻に、その女性の娘さんが挨拶に来られた。12キロ離れたお宅から歩いてこられたようで、私の自宅付近に思い当たる知り合いはいないとのことだった。迷惑をかけたと平謝りされる娘さんに対して、「そんなことないですよ~」と答えるくらいしかできなかったのだが、いろいろとご苦労されている娘さんにフォローが少し足りなかったかと、反省している。

 警察官が迎えに来るまでの間、お茶を飲みながら話しているときに、妻が女性のネイルをきれいだと褒めると、女性は本当にうれしそうに話していた。「そうでしょう、娘が時々やってくれるのよ~!この服も、娘が選んでくれたの。」こんなエピソードを娘さんに伝えるだけでも、もう少し娘さんの労いになったかもしれない。

 私の祖母も認知症であったが、遠方に住んでいてなかなか会えなかった。最後に会ったのは、妻との結婚の報告に行った時だ。しかし、祖母は私を孫とはわからずに、私の伯父だと思ったようで、「久しぶりだね~、〇〇(伯父の名前)」と涙を流しながら喜んでいた。複雑な思いになりつつも、悲しいとはあまり感じず、「喜んでくれたようだから、まあいいか」などと思ったことを覚えている。もし、私が現地で暮らし、日々祖母と触れ合っていたならば、「まあいいか」では済まない様々な思いがあっただろう。当事者としての意識は、ほぼ無かったのだと思う。

 つまり、私は、「認知症」と本気で向き合ったことがない。そういうことだ。

 総務省統計局の20209月の推計値では、日本の全人口の28.7%にあたる3617万人が65歳以上の高齢者となっている。うち、75歳以上が、およそ半分の1871万人(全人口の14.9%)。私の生まれた年に近い、1970年時点では、65歳以上が733万人で、75歳以上が221万人であるから、この50年間に進んだ高齢化の動向には改めて驚愕する。

 「認知症」の最大の要因は加齢であり、認知症患者数もまた増加傾向にある。2012年には462万人(2013年筑波大学発表の研究報告における推計値)といわれていた認知症の有病者数は、2025年には約700万人にまで増加するとされ、高齢者のおよそ5人に1人が認知症ということになる(2014年度の厚生労働省補助事業「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」より)。

 認知症は病名ではない。アルツハイマー病などの変性疾患や脳梗塞、脳出血などによる脳の神経細胞へのダメージなどが原因で引き起こされる症状である。また、認知症の方がすべて「ひとり歩き」するわけではなく、その症状もさまざまである。 

 厚生労働省の「認知症サポーター等養成事業」をご存じだろうか。私が知ったのは、恥ずかしながらつい最近のことである。すでに1300万人に達しているというこの「認知症サポーター」の役割は、「認知症に対する正しい知識と理解を持ち、地域で認知症の人やその家族に対してできる範囲で手助けする」というもの。自治会や、企業、学校などが、自治体に申し込むと、キャラバンメイトと呼ばれる講師が派遣され、90分程度の講座を受講することで、「認知症サポーター」になることができる。オレンジリングと呼ばれるリストバンドがその目印である。

 本事業の運営を担っている特定非営利活動法人 地域共生政策自治体連携機構の「認知症サポーターキャラバン」のホームページでは、「サポーター講座」を受講した方たちに向けた「復習コーナー」<https://www.caravanmate.com/study/>が設置されている。ここを見るだけでも、基本的な知識を得ることができるので、お勧めしたい。オンライン受講もすでに始まっているようだ。

 冒頭の女性とのエピソードや、祖母と向き合ったあの時に戻ることはできないが、今後、十分に起こり得る認知症の方との関わりに備えて、私自身、知っておくべきことが多いと感じている。そして、知識以上に重要なことは、これからさらに進んでいく超高齢社会において、地域のつながりを再構築することではないだろうか。まずは、声掛けや見守りなど、できることから一歩ずつ。

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