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セーフティネットのはざまに陥る人びと

麻生 裕子2021年7月19日発行

 コロナ禍での生活困窮の深刻化により、セーフティネットのあり方に再び注目が集まっている。コロナ収束後も見据えて、セーフティネットからこぼれ落ちてしまう人びとが出ないように、どう張り直すかが問われている。

 これは一筋縄ではいかない難題だ・・・そんなことを考えていたとき、以前に観た映画をふと思いだした。社会派で有名なイギリスの映画監督ケン・ローチの作品「わたしは、ダニエル・ブレイク」(原題"I, Daniel Blake"2016年)である。働くことも、社会保障給付を受けることもできない理不尽さや貧困の一側面をリアルに描いている。

 映画の舞台はイギリス北東部のニューカッスル。主人公のダニエルは、介護した妻を亡くし、一人ぼっちで暮らす初老男性で、公的年金の支給開始年齢にはまだ届いていない。かつては大工の仕事に就いていたが、心臓が悪く、医者から仕事を止められている。そのため、雇用・支援手当の給付を受けていたが、役所に就労可能と判断され、打ち切りになってしまう。

 それならば求職者手当を受けようと、申請を試みるが、役所はオンラインによる申請しか受け付けない。ダニエルはパソコンの操作に慣れておらず、なかなかうまくいかない。しかも、実際は働けないのに、履歴書をもって就職活動もしなければならない。最終的に、求職者手当を断念し、雇用・支援手当の打ち切りに対する不服申し立てをおこなおうとするが・・・。

 ここで登場するイギリスの失業保険制度の給付は2種類ある。失業者に給付される求職者手当(Jobseeker's Allowance)と、長期の疾病、障害、介護などの理由で就労が困難な者に対して給付される雇用・支援手当(Employment and Support Allowance)である。雇用・支援手当を給付するためには、就労能力の審査を受けなければならない。

 映画には直接出てこないが、背景にあるのが近年のイギリスの福祉改革である。就労インセンティブの促進と制度の簡素化のため、2013年からユニバーサル・クレジットの導入が開始された。従来の低所得者向けの手当や控除をユニバーサル・クレジットに一本化しようというものある。「福祉から労働へ」(Welfare to Work)の政策の方向性がより一層強く打ち出されている。

 主人公は架空の人物であるが、映画で描かれる出来事は誰にでも現実に起こりうる。しかもイギリスだけではない。制度は違うが、日本にも共通する。それは、働くことも、給付を受けることもできない、セーフティネットのはざまに陥っている人びとが現実にいるということである。

 本来、雇用政策と福祉政策の連携の基本的考え方は、「福祉から労働へ」ではなく「働くための福祉」として捉えるべきだろう。現在の制度の適用範囲や給付水準が不十分なのか、給付の申請ができない人や制度自体を知らない人が多いのか、給付の可否を決定する行政の審査に問題があるのか、それとも実際に手元に給付を受け取るまでの期間が長いなど行政の運営に問題があるのか。制度上あるいは運用上の課題はいろいろ考えられる。まずはそれらの実態を明らかにしていく必要がありそうだ。

 映画のなかで強烈に印象に残ったシーンがある。2人の子どもをもつシングルマザーのケイティは、食料を求める人たちの長い行列に並んで、フードバンクで食料や日用品を袋に詰めてもらっている最中、空腹のあまり、思わずその場で缶詰めのふたをあけて、手ですくってパスタソースを口に運んでしまう。我にかえって「ミジメだわ」と泣き出すケイティに、「気にするな、君は悪くない」と友人のダニエルは優しく声をかける。

 ケイティのように、「生活が苦しいのは自分のせい」と考えてしまう人は少なくない。ダニエルの言葉はそんな考えを打ち消しているかのように聞こえる。

 普通の人びとが普通に暮らせる社会、当たり前の権利を当たり前に行使できる社会にかえていくこと。これが映画のメッセージだと思う。

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