分断と排除の先には何があるのか
千谷 真美子2025年4月23日発行
今、世界に広がる社会の分断と排除の空気
近年、世界各地で社会の分断と排除の空気が濃くなっている。
昨年11月に行われたアメリカ大統領選では、トランプ氏は不法移民に対する強硬姿勢を示すことなどによって、国内の分断を煽って再選を果たし、再選後は米国政府が認める性別を「生物学的な男女」に限るとする政府方針を定めるとともに、1965年に発令された、連邦政府と契約する企業に人種や性自認などで差別することを禁じた大統領令も撤回した。1月29日に首都ワシントン近郊で起きた航空機事故が起きた際には連邦航空局(FAA)が多様性推進策の一環で進めた障害者雇用を多様化推進策が事故を引き起こしたかのような発言を行うなど、バイデン前政権が推進した「DEI(多様性、公平性、包括性)」を否定した。
ヨーロッパでも、経済成長の停滞や物価高による社会不安や手厚い社会保障費を移民・難民の生活支援に奪われてしまうのではないかといった危機感などを背景に、イギリス、フランス、イタリア、ドイツなどにおいて移民・難民を排斥する動きが高まっている。また、性的少数者の権利についても、ポーランドやハンガリーにおいてLGBTQの人権を軽視する政策が採られるなど、包摂よりも排除を志向する社会的風潮が広がっているだけでなく、4月16日にはイギリスにおいて、雇用や教育、公共サービスでの性別などによる差別を禁止した平等法が保護する「女性」は「生物学的な女性」に限るとの判断を示した。
日本もこうした傾向と無縁ではない
日本では、難民認定率の極端な低さや技能実習生に対する人権侵害などに現れる外国人に対する偏見や差別、「伝統的家族」崩壊の恐れを理由として同性婚や選択的夫婦別姓などの制度化が遅々として進まないなど、欧米と比較してそもそもマイノリティの尊厳や権利が軽視されている状況があったが、近年では正社員と非正社員の間の雇用形態間格差、バブル崩壊や少子高齢化を背景とした世代間格差などの格差拡大も問題化するなど、日本社会においても分断と排除の空気が強まりつつある。
社会の分断と排除が広がる背景
このような背景には、グローバリゼーションによって特に先進国において国内の格差が拡大し、一部の富裕層に富が集中することによって一般の人々の不満が溜まり政治・社会的な緊張と分断を招いたことに加え、SNSの普及によって自分と似た意見や思想を持った人々とのつながりが密になり、異なる意見を持つ者、異なる立場にある者への想像力や寛容さが損なわれやすくなったことなどがあると言われている。特に、限られた文字制限の中でやりとりをするSNSの世界では、単純化された断定的な表現や強硬な姿勢が好まれるため、異なる立場の意見を聞きながら複雑な議論を行って合意形成を図ることが困難になるとともに、アルゴリズムによって、人々はこれまで以上に自らの価値観と近い情報に囲まれて暮らすようになり、異なる立場の人と出会い、対話することによってお互いを理解する機会を奪われるようになった。このような状況を受け、民主主義に必要不可欠な健全な議論や討論が阻害され、現代社会が次第に「力による支配」や「排除による安定」が正当化される社会となりつつあることが危惧される。
あらためて、人権の出発点を見つめる
このような時代であるからこそ、私達は、かけがえのない多くの命が失われた二度の世界大戦を経て、その反省を踏まえ、二度と同じような惨劇を繰り返さないために国連で採択された「世界人権宣言」に立ち返らなければいけないのではないかと考える。国連は、人権を軽視することが戦争につながり、戦争でさらに人権が侵害されるという悪循環に陥らないためには、世界各国が協力して人権を守る努力をしなければならないとの決意に基づき、この宣言を採択した。同宣言は第1条において、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。」と謳い、すべて人は、「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、(中略)すべての権利と自由を享有することができ」(同第2条第1項)、「生命、自由及び身体の安全に対する権利を有する」(同第3条)と規定する。
この原則に基づき、国際社会は長年にわたり多様性と包摂を軸とする人権保障体制を築いてきた。国連人権理事会による調査や各種人権条約の採択及び条約に基づく機関による監視、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)による各国での人権教育・啓発や法整備の支援などはその具体例である。各国でも、法制度の整備が進められ、日本においても、日本国憲法第11条において人権の観念が具体化されるとともに、第14条において平等原則の徹底化が図られている。しかしながら、これらの規定を空文化させないためには、社会を構成する私達一人一人が、他者の生に想像力を及ぼし、異なる価値観や背景に向き合うこと必要である。
今こそ、意識して少数者の声に耳を傾けるとともに、その存在を包摂する社会の重要性に改めて目を向け、多様な価値観や背景を尊重し合える社会の実現に向けた具体的な行動が求められているのではないだろうか。
【関連リンク】
連合総研DIO2024年11月号 特集「日本の人権問題~人間の尊厳が守られる社会の実現への挑戦~」
連合総研DIO2024年12月号 巻頭言「世代間の壁と社会の分断」
連合総研DIO2025年3月号 特集「男女雇用機会均等法制定40年を前に」
【参考リンク】