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ラーメンの価格からなぜか経済成長の神話を考えてみた件

松岡 康司2025年6月17日発行

 私が子供時代を過ごした1970年代。たしかラーメンの価格は300円程度だったような気がする。50年以上も前の田舎町のラーメン店の話であり、具材も今と違ってシンプルなものばかりであったから単純な比較はできないと思うが、2025年の東京では11,200円程度するらしい。いい匂いのするラーメン店の前を通り過ぎる度に考える。経済成長は、一体誰のスープを温めたのか。

50年で変わった日本、変わらない家

 1970年、名目GDPは約73兆円[i]、マネタリーベース(日本銀行が供給するお金の総量)は約6兆円[ii]だった。2024年、GDPは約600兆円、マネタリーベースは約680兆円に膨らんだ。経済規模は8倍、お金の量は110倍に増えたが消費者物価指数(CPI)も比較3倍以上[iii]になった。

 こう聞くと、「賃金も3倍に増えたのだから問題ないのでは?」と思う人もいるだろう。確かに賃金も1970年代と比較し約3倍程度には増加している。でも、どうしても引っかかる。賃金が上がっても、物価が同じかそれ以上に高騰すれば、庶民の実感として、経済成長で暮らしが豊かになったとは言えないのではないか。

 とくにこの数年だけを見ても、実質賃金は1997年のピークからほぼ横ばいで物価だけが上がっていく状況である。庶民の暮らしに11,200円のラーメンを1970年代のように気軽に楽しむゆとりはない。

届かない経済成長の恩恵

 経済成長は生産と消費を増やし、賃金を上げ、豊かな社会を築くとされてきた。しかし、現実は異なる。2013年からの量的・質的金融緩和で、マネタリーベースは3.5倍(200兆円→680兆円)に急増。政府と日銀がお金を増やしたものの、インフレ率は2%未満にとどまる。増えたお金の多くは日銀当座預金(約520兆円)や企業内部留保(約550兆円)に滞留し、まるで大企業の貯金箱に直行したようだ。

 ラーメン価格の上昇は、成長の恩恵より、輸入物価の高騰や人件費の上昇が主因だ。成長の恩恵は大企業(2023年経常利益約107兆円[iv])や高所得層(上位2.6%が資産22%を占有)[v]に偏る。一方で非正規雇用率は37%[vi]、幸福度ランキングは51[vii]である。GDP世界4位(2024年)の経済大国で、ゆとりある生活の実感が乏しいのはなぜか。

 経済成長は物価と賃金のいたちごっこを招き、GDPが増えるほど庶民、とりわけ低所得層の生活は重くなるという結果を生んだ。政府は貨幣を生み出す力を持つが、増えたお金は一部に集中する。公平な分配が課題だ。

 税を財源としてではなく、余剰を調整し再分配を促すツールとしてみることで政策の幅も生まれる。累進課税の強化(例:上位1%への税率45%→55%)は、格差是正や子育て支援、環境投資の予算確保につながる可能性がある。しかし、政治的合意は容易ではない。

経済成長は目的ではなく手段

 経済成長には代償がある。2023年のCO2排出量は約10.2億トン[viii]2024年は猛暑日が増加[ix]した。都市部では、公園や広場といった「社会的共通資本」が商業施設に変わる。たとえば、東京では緑地が縮小傾向[x]にあり、23区内の1人当たりの公園面積は4.4㎡(ソウル11.3㎡、ロンドン26.9㎡)[xi]にすぎない。経済成長は利益を生むが、コミュニティや自然を犠牲にしている側面は否定できない。

 本来、成長は結果であるべきなのに、GDP目標が目的にすり替わっている。脱成長を議論しつつ、2025年度予算は名目2.7%成長を前提[xii]にする矛盾が続く。持続可能な未来は、この道でたどり着けるのか。

 経済成長は暮らしを豊かにする手段であり、社会課題も全て解決する唯一無二の存在だと信じてきた。たしかに1970年代からGDP8は倍、お金の量110倍となった。しかし、子ども食堂が次々に開設される今の日本で生活が豊かになったと言い切れるだろうか。成長至上主義は格差を広げ、環境を壊し、人口減少の現実を無視してきた。必要なのは、神話から現実に目を向ける、つまり成長を目的から結果とする視点の変更である。

人口減少でも経済成長?

 最大の課題は人口だ。2024年の生産年齢人口は約7,374万人[xiii]であるが、2044 年に 6,000 万人を割り、2070 年には5,067 万人に減少[xiv]する。人口の減少は労働者だけでなく同時に消費する人口も減るということであることを考えれば、GDPを毎年継続的に成長させていくのは至難の業だ。人口減少という構造的な問題に対し、現在の成長戦略は持続性を欠いている。「持続的な経済成長」を追い求めるのは、空っぽの丼を前に、成長という名のスープをすするような虚無感が残る。

 政府は貨幣を生み出し、経済を動かす力を持つ。ベーシックインカムは、人口減の未来で暮らしを支える可能性がある。税は過剰な貨幣を吸収し、公平な社会を築く道具だ。累進課税の強化も格差縮小や子育て、環境のための予算を生むことができるかもしれない。脱成長や定常経済は、GDPより幸福や環境を優先する道だ。週4日労働、食料自給率向上、再生可能エネルギー拡大、教育・医療費軽減は、暮らしにゆとりをもたらす。

ラーメン1杯の教訓

 ラーメン価格の4倍化、あるいは具材の高級化は、経済成長の縮図だ。300円から1,200円、GDP73兆円から600兆円。しかし、庶民の丼に残るのは、数字の成長より重い生活の負担だ。2025年、主食である米の値上がりを受け備蓄米が放出される事態となった。パンや麺類などの物価上昇の影響で主食が米に回帰したのが要因の一つとの指摘もある。物価上昇すれば名目GDPは成長するが、1,200円の高級具材ラーメンを横目に令和の米騒動で2,000円台の「古古古米」を買わざるを得ないような、成長と市民生活の豊かさが乖離した指標や考え方は見直すべきだ。数字に惑わされず、貨幣の力を暮らしと地球のために使う。それが、真の豊かさへの第一歩である。

[i] 内閣府GDP統計 https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08b09010.html

[ii] 日本銀行統計 時系列データ・注釈等 https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mb/index.htm

[iii] 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 物価 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0601.html

[iv]朝日新聞202492https://www.asahi.com/articles/ASS920RP3S92ULFA003M.html

[v] 野村総合研究所ニュースリリース(日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、その純金融資産の総額は約469兆円)より推計 https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/20250213_1.html

[vi] 厚生労働省 「非正規雇用」の現状と課題(202336.8%)https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf

[vii]World Happiness Report 2024 https://happiness-report.s3.amazonaws.com/2024/WHR+24.pdf

[viii] 環境省 報道発表 https://www.env.go.jp/press/press_04797.html

[ix] 気象庁 報道発表 https://www.jma.go.jp/jma/press/2503/18c/kentoukai20250318.pdf

[x] 東京都緑の取組Ver.3 https://www.spt.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2025/01/31/documents/06_01a.pdf

[xi] 国土交通省 諸外国の都市における公園の現況 https://www.mlit.go.jp/toshi/park/content/01_R05.pdf

[xii] 内閣府 経済諮問会議提出資料 https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/shisan/r7chuuchouki2.pdf

[xiii] 総務省統計局 https://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.html

[xiv] 国立社会保障・人口問題研究所 日本の将来推計人口推計 https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_gaiyou.pdf

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