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来し方を振り返り、日本経済の今後を考える

太田 哲生2025年7月15日発行

 私事となって恐縮であるが、私は1995年に当時の経済企画庁(現在の内閣府の一部)に職を得て、当初は経済分野中心、2001年の中央省庁再編後は経済を含む幅広い分野の行政実務に従事してきた。社会人となってから本年4月で丸30年が経過したことになり、将来への夢と希望にあふれた若者であった私も、かなり年季の入ったおじさんとなった。

 この30年間は、日本経済が長期停滞に陥ったとされる期間に概ね重なる。1995年の入庁当時も、バブル崩壊の後遺症が残る中で、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生し、急激な円高に見舞われるなど、経済的にも、社会的にも「国難」ともいうべき状況に直面していた。ただ、私自身の受止め、また世の中全体の雰囲気としても、目の前の難題を克服すれば、日本経済はかつてのように力強く復活するだろうといった楽観論がまだ支配的であったような気がする。

 しかし、金融危機の発生やデフレの進行など経済情勢の悪化が続く中で、そうした楽観論は急速に後退し、「失われた10年」とも称される長期停滞状況に陥ったことは周知の通りである。その後、何度か景気回復の機会は巡ってきたものの、日本経済の脆弱性が色濃く残る中で本格的な浮上を果たせず、「失われた10年」が20年となり、そして30年に及ぶこととなった。私自身も職務を通じて、この間の政策対応に直接的・間接的に関与してきたが、日本経済がいまだ本格的な「再生」を果たせていないことについては、内心忸怩たる思いがある。(図表1

図表1.png

 日本経済が長期停滞に陥った要因については様々な分析がなされているが、他の先進諸国との比較において特に際立つのは、物価と賃金の低迷が続く中で経済の低成長が続いたという点であろう。実際にOECD諸国のGDP、消費者物価、賃金の推移を比較すると、OECD諸国の多くでは物価・賃金の上昇とGDPの成長が同時並行的に進行しているのに対して、日本ではいずれも低迷しており、結果的に経済規模や賃金・所得水準が相対的に低下している。(図表2

図表2.png

 こうした状況を招いた背景として考えられるのは、各経済主体の合理的行動が、マクロ経済としては非合理的な結果を招くという「合成の誤謬」が生じていたということである。すなわち、バブル崩壊後の経済的不確実性の高まり、グローバル化による競争の激化、高齢化・人口減少といった構造的な問題に加えて、世界的な金融・経済危機や円高、災害やパンデミック等の予期せぬ外的ショックが連鎖的に発生したことにより、企業や家計などの経済主体は日本経済の将来に対する期待を下方修正し、「守り」の経済行動を選択するようになった。

 具体的には、企業は売上や収益の低下を懸念して、設備・人材等への投資、賃金・採用等を抑制し、不測の事態に備えて内部留保を積み増した(労働組合も組合員等の雇用維持を優先して、やむなくこうした企業の方針に協力した)。一方、家計は賃金・所得の伸び悩みや雇用の不安定化、将来の生活に対する不安から消費を抑制し、貯蓄を重視する傾向を強めた。これにより民間需要や物価は低迷し、各経済主体の行動がさらに慎重化するという悪循環が生じた。

 このような状況の下で、政府は財政支出を通じて需要追加を行うことが常態化し、その結果として政府債務が累増した。また、企業による成長投資の抑制は中長期的に潜在成長力の低下を招くともに、革新的な商品・サービス、新たな需要・市場創出力の低下を通じて、日本の国際競争力の低下を招いた。

 このように、本来であれば各経済主体が将来への成長期待に基づき積極的な投資や消費を行うことにより新たな需要が生まれ、中長期的な成長力も高まるという好循環が形成されるべきところ、ここ30年間程度の日本経済においては、各経済主体が将来への悲観的な見通しをもとに各々が(ミクロ的に)合理的と考える行動をとったため、マクロ的には経済成長や物価、賃金の低迷が続くなど、各種の副作用が生じることとなった。(図表3

図表3.png

 このような悪循環を断ち切るためには、各経済主体が将来に対する前向きな見通しのもとで積極的な行動を行うことができるよう、経済停滞をもたらしている主たる要因に照準を定めて、重点的に制度や政策の再構築を断行することが不可欠である。とりわけ、企業による将来に向けた成長投資を喚起することに加えて、企業部門から家計部門への利益分配ルートの目詰まりを解消することが重要であり、そのためにも労働市場の機能強化(賃上げ、不合理な格差の是正、労働生産性の向上等)を実現するための諸改革に最優先で取り組む必要がある。

 目下、トランプ関税等の影響により来年以降の賃上げの持続性が危ぶまれているが、これまでと同様に、ここで安易に妥協すれば、「失われた30年」が40年に延びる可能性が極めて高い。長期停滞からの脱却の糸口を見出しつつあるこの好機を決して逃すことなく、日本経済の真の再生に向けて、必要な取組を確実に実行すべきである。

【関連リンク】

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