連合総研

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研究員
の視点

運動家の立場から~研究者は何のために研究しているのか~

石黒 生子2025年9月25日発行

 労働運動に関わって32年、今の職場は連合総研であり、研究員という立場である。連合総研は連合のシンクタンクであり、勤労者とその家族の生活の向上、我が国経済の健全な発展と雇用の安定に大きく寄与することを目的に、内外の経済・社会・産業・労働問題など、幅広い調査・研究活動を進めている。働く者について労働だけでなく生活全般を含めて考えていく研究所と言う位置づけである。

 私は卒業後、ユニーと言うスーパーマーケットで働き始めたが、企業別労働組合の専従役員になり、産別、ナショナルセンターで労働組合役員を務め、今はシンクタンクの研究員という職歴である。本人の思惑には関わらず、ずっと労働運動に関わってきた。そして、どのような職業であろうと、世の中の役に立つ、世の中をより良い方向に変えていくということは、自覚するしないにかかわらず全ての職業に言えることだと考えて今まで生きてきた。冒頭に書いたように私は研究員ではあるが、連合のシンクタンクとして、研究を通して働く者にとってより良い世の中にしていくことができればという思いでやってきた。知見がない、学者の常識を知らないと言われればそれまでかも知れないが、研究の成果を広く世の中に広めることで、社会がより良い方向に変わることを期待し、多くの人々の気づきからその行動を変えていくことで社会が変わっていくことが、研究者の役割のひとつだと考えてきた。

 今までの常識とかけ離れた研究成果を世の中に伝えるために命をかけた研究者もいた。特に自然科学の分野では、多くの研究者やそれを支持していく人々が古い常識を打ち破って人類は進歩してきた。社会科学の分野では、研究者が社会で起きている事象を整理し、エビデンスに基づいて真実を見極め、運動家がそれを基に運動方針を立て、世の中をより良い方向に変えていく。研究者と運動家が連携することで、これが可能となりその役割を果たすことが運動家の使命だと思っていた。

 私が最初に研究成果というものが人生にとって重要なものと感じたのは、大学時代に「ジェンダー」という概念を上野千鶴子氏の著書[i]で初めて知ったときである。その頃私は、社会的に受ける男女差別についていろいろ悩んでいた。しかし、生まれながらに男と女は違うという説に反論できずにいた。しかし、セックス(性差)ではなく、社会的・文化的に形成されるジェンダーという概念を知り、生物的には違いがあっても、ジェンダー平等という考え方から、男女差別をなくしていくことができるのではないか、将来にようやく希望が持てるようになったことを今でもありありと思い出す。その後も、様々な研究成果を知ることで思い込みから解放された。知識を得て新たな世界が見えてくるのは、目から鱗が落ちるという実感があり、大変、面白い経験だった。

 このように知見を広め、目から鱗の体験を繰り返しても、ぎっしりと着いた私の目の鱗はなかなかなくならない。連合総研でも多くの研究者の方々との研究委員会の中で、社会の様々な事象について「そういうことだったのか」と愚鈍な私でも何度も目から鱗の体験をすることができた。ジェンダー平等の分野では「男女共同参画社会の実現に向けた労働組合の役割に関する調査研究委員会」[ii]で、従来のジェンダー化された職場環境の中で組合員のニーズを「実際的ジェンダーニーズ」と「戦略的ジェンダーニーズ」整理し、組合政策に反映することで、ジェンダー主流化に向けた取り組みを強化しジェンダー平等を実現するという金井郁氏の主張は、女性の参画実現だけではジェンダー平等は実現しないのではないかという私の長年の疑問に解決の方向を示してくれた。

 世の中の事象を分析し解明することで、もやもやとしたものに名称を与え、世の不条理を変えていくことが研究者と運動家の連携によって実現する。社会実装と表現するか否かは別にして、研究者と運動家は常に連携して行っていることではないかと私は思っていた。そのために職場の実態を知りたい研究者のヒヤリングにできる限り協力し、その研究者のヒヤリングから分析・解明されたものから新たな方針を立て、政策に反映させ、世の中を良くしていくことができると信じていた。私が運動家として研究者と可能な限り連携してきたのはそういう理由に他ならない。

 しかし、研究者の中にはいろいろな人がいる。ある研究者から私のエッセイについて研究成果を横取りされたと苦情を言われたことがある。私の文章が掲載された雑誌は労働組合関係の読者も多いので、テレビ番組などでも取り上げられている一般的な事象について労働組合内でも理解者が増えるようにと、私は解りやすい読み物を書いたのである。この研究者は何のために研究しているのだろう。自分の研究成果が社会に広まって、その発見や新しい考え方が世の中を変える力になることは、研究者冥利に尽きるとも言えるのではないだろうか。その研究者がオリジナルな自分の研究成果と主張する内容は、テレビ番組でも取り上げられる程に世の中に広く流布され、すでに設立されている専門の研究所のHPからだれでも得られる知識となっている。そこには、その研究者の名前は出てこない。学術概念が現実世界に膾炙する過程では、その位置づけが実践的に調整され、概念が拡張され、その所有者が社会に移る。それは社会を変える力となった証左ともいえるだろう。連合総研では多くの素晴らしい研究者の方々と調査研究をさせていただいだき、新たな発見から目から鱗の体験を何度もさせていただいた。志を同じくする多くの研究者から様々な示唆を得て、まだまだびっしりと付いている鱗を落とし労働運動も社会運動もより良い社会づくりに向けて取り組みを強化していかなければならないと思う。

 最初に書いたように「ジェンダー」という概念を40年以上前に知り、私は労働組合では、性差(セックス)ではなくジェンダーという概念を中心に据えることで、男女差別解消に向けて取り組みを強化してきた。しかし、最近注目されている「女性の健康課題」はジェンダーではなく生物的性差(セックス)について留意するものである。女性労働者への政策は男女雇用機会均等法の改正等に伴い、女性労働者全般の保護から母性保護へ、家庭責任は男女ともに担うという方向へ見直されてきた。今、女性の健康課題の解決に向けて労働法や労働安全衛生法について男女の生物的な違いに留意して整備することが求められている。「ジェンダー」という言葉が日本で一般的に使われるようになり50年近い。いまやジェンダーは男女だけでない多様な性をも意味する。女性の健康課題を検討することは、多様な人々の生物的な違いも考慮しながら人生100年時代に健康で働きやすい職場づくりをめざして新たなステージに立つということに他ならない。[iii]

 最後に蛇足ながら、労働組合役員として私は長年働きやすい職場づくりをめざしてきた。労働組合のめざす働きやすい職場とは、全員が尊重され、機嫌よく働くことができる職場のことだと思う。そのためには、様々に法律も環境も整備しなくてはならない。ハラスメントのない風通しのよい職場は必須であろう。今、職場で一番求められている能力のひとつはコミュニケーションスキルだとも言われるが、営業やプレゼンテーション能力の高さだけではなく、人を見下さない、マウントを取ることばかりに注力しない、もちろんハラスメントしなくて、人間関係が築づける能力は必須である。[iv]しかし、これらの能力はあまり評価さず、評価されないどころか、「競争主義」の価値観の中でいじめやハラスメントを受けるような弱者は淘汰されて当たり前とされ、そのため未だにハラスメントがなくならないのだと思う。

 私はこの9月で職業人としての人生から卒業するが、これからも全ての職場の皆さんが機嫌よく働き続けることができるように、労働組合は職場の隅々まで目配りを忘れずに頑張ってほしい。

[i] 上野千鶴子『セクシーギャルの大冒険』(1982年 光文社カッパノベルズ)

[ii]すべての運動にジェンダー平等の視点をhttps://www.rengo-soken.or.jp/work/2022/07/280900.html

[iii] 女性労働者の職場における健康課題―女性が健康に働き続けるための環境整備に関する調査研究委報告― | 研究報告書 | 連合総研

[iv] DIO7月号『最近の書棚から』粟田隆子『「働けない」をとことん考えてみた。』https://www.rengo-soken.or.jp/dio/2025/07/240900.html

  

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