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研究員
の視点

「移動」は何を変えるのか

鶴岡 純2026年10月20日発行

インターネットを使えば、いつでもどこでも多くの情報を得ることができます。
オンラインでの会議や研修もごく普通に実施されているといってもよいでしょう。そのような状況で、時間やお金、労力をかけて別の場所へ移動する必要はあるのでしょうか。また、実際に移動したとして、何が変わるのでしょうか。ここで考えたい「移動」は、物理的な移動だけでなく、普段とは異なる組織や環境に身を置いたり、立場を変えたりすることも含んでいます。こうした「移動」によって、何が変わるのでしょうか。

私は連合総研の研究員である一方、社会人大学院生でもあります。連合総研では、働く人や労働組合の視点から研究し、大学院では企業経営や経営戦略、組織のマネジメントなどを学んでおり、異なる視点から並行して考える機会を得ています。

9月下旬、大学院のスタディツアーで福岡県を訪れました。自動車を生産する工場の見学や、現地の社会人大学院生との交流などが主な目的です。短期間の滞在でしたが、今回の経験が、改めて「移動」について考えるきっかけになりました。
工場見学では、自動車を生産する工程の一部を見ることができました。大学院では、企業の競争戦略や生産性などについても学んでいますが、それらを実現するうえでは、実際の現場で働く人たちの存在も欠かせません。短時間ではあったものの、生産の様子を現地で見ることで、企業経営を考える視点と現場で働く人の視点の双方から企業活動について考えることができました。もちろん、今回の見学で生産現場の実態を十分に理解できるわけではありません。それでも、資料や書籍を通じて学ぶことと実際に現場を訪れることには違いを感じました。
また、現地の社会人大学院生とも交流しました。同じように仕事をしながら大学院で学んでいても、所属する企業やこれまでの経験、関心を持つテーマはさまざまです。自分とは異なる環境で働き、学んでいる人と話すことで、それまで意識していなかった視点に気づくこともあります。こうした交流はオンラインでも可能ですが、特に初めて話す相手とは、直接顔を合わせた方が話しやすいと感じることは、読者の皆さんにもあるのではないでしょうか。
今回の滞在で、自分自身が大きく変わったとは思いません。ただ、いつもと異なる場所に身を置き、普段は接することが少ない人や考え方に触れることで、ものの見方が少し変わることがあるかもしれません。移動の意味は、必ずしも距離の長さや滞在日数だけで決まるものではないと思います。

ところで、私が現在取り組んでいる研究でも、別の意味で「移動」について考える機会があります。連合総研と大学院の双方で若年労働者の離職やキャリア形成について研究しており、その一環として、離職・転職を経験した若年者へのインタビューを進めています。
離職や転職も、ある職場から別の職場への移動といえますが、旅行や研修などとは異なり、本人の生活や将来に大きな影響を及ぼす場合があります。職場を移ることで、それまで当たり前だと思っていた仕事の進め方や人間関係、評価のされ方などを、違った視点から捉えられることも考えられます。一方で、それまで積み重ねてきた経験や人間関係が途切れてしまう場合もあります。離職・転職という事実だけで、その経験を肯定的にも否定的にも評価することはできません。私が研究で関心を持っているのは、移動そのものではなく、そこに至る事情や、移動によって何が変わり、その後のキャリア形成にどのような影響が生じたのかという点です。
このように考えると、移動は単に場所を変えることだけではないように思います。所属する組織や役割が変われば、これまでとは異なる立場から物事を考える機会も生まれます。こうした問題意識は、私が企画を担当した連合総研レポートDIO 2026年8・9月号の特集「越境から考える労働組合」にもつながっています。
実は、私自身が現在、連合総研に出向し、さらに大学院でも学ぶという「越境」の途上にあることが、このテーマを取り上げたいと考えた理由の一つでした。出向先では、以前の仕事で接する機会が少なかった人や考え方に触れ、大学院では異なる業界や職種の人たちと議論を重ねています。働く場所が変わる出向だけでなく、仕事をしながら大学院に通うことも、自分にとっては日常とは異なる世界に身を置く「移動」です。

もっとも、場所や立場を変えれば、必ず何かが変わるわけではありません。また、新たな視点を得たとしても、それが自動的に職場や組織の変化につながるわけでもありません。特集では、越境を無条件に望ましいものとして捉えるのではなく、そこで得た経験をどのように職場や組織に持ち帰り、変化につなげていくかという点を重視しました。
日々の仕事や生活のなかでは、どうしても同じ場所で、同じ人と接する機会が多くなりがちです。だからこそ、時には普段の環境から離れ、異なる場所や立場に身を置いてみることにも意味があると私は考えています。

「移動」は何を変えるのでしょうか。少なくとも、これまで当たり前だと思っていたことを見直すきっかけになるかもしれません。そして、そこで得た気づきを、元の場所に持ち帰ってどう活かしていくか。移動によって何が変わるかは、その後の行動にかかっているのではないでしょうか。

(関連リンク)
特集「越境から考える労働組合 ― 異なる立場での経験は、職場や組織をどう変えるのか」連合総研レポートDIO 2026年8・9月号 No.422
https://www.rengo-soken.or.jp/dio/2026/09/170900.html

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