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理事長コラム
『信ずること、の意味』
神津 里季生

ストライキ...不信を乗り越えることの意味

File.62023年8月29日発行

ストライキの意味を間違えるな

そごう・西武労組の動向が注目されている。昨日の日経新聞に詳しく報道されていたが、そこに私としては聞き捨てならない表現があった。ストライキがれっきとした権利であることやその手続き、賃金の扱いなどについて説明されていることは良しとしても、「企業の社会的なイメージの悪化につながるリスクもはらむ」だの、「消費者への影響が避けられず、評判を落とす恐れがある」などといった単なるマイナスイメージの表現はいただけない。

私は普段、日経紙に対しては、取材力もあり、たいがいの記事について信頼をおいているし、おおかたの経済人も比較的そんな見方があるのではないかと思うが、それだけに、世間の、ストライキを迷惑としかとらえない風潮に便乗することはやめてもらいたい。

そもそも、雇用の確保に関わる問題があいまいなまま米国のファンドに売却寸前であること自体が「社会的なイメージの悪化」なのである。そのようにして働く者を不安に陥れていること自体が「評判を落とす恐れがある」のである。

ストライキはそれを回避するための最後の一手というべきだ。

信頼しているのかしていないのか

前回このコラムで、日本人独特の「あいまいさ」について言及した。

世の中のストライキ忌避の風潮も一つのあいまい文化のなせるわざではないか。

働く者にとって、使用者が信頼できる対象なのかそうでないのかはある意味死活問題であるが、労働組合がなく、したがって集団的労使関係が存在しなければ、そもそも信頼できるのか信頼できないのかが確認できない。たまたま気の利いた経営者であれば良いがそうとは限らないわけで、その場合は、話し合いがあって初めて相手が信頼に足るのかどうかの感触がつかめるのだ。しかし大半の労働者はそういう境遇にはなく、あいまいなまま毎日の仕事に従事しているわけだ。

集団的労使関係における話し合いとは、団体交渉をはじめとした公式な労使の話し合いの場、そしてそれを成り立たせるための日常的な会話で構成されている。信頼感とはそのような話し合いの積み重ねで醸成されるものだ。そのもとで建設的労使関係が構築されていれば、ストライキという伝家の宝刀も抜く必要はなくなる。

しかし今回のそごう・西武労組のように、米国ファンドへの売却決定権限を持つのは持株会社であるセブン&アイ・ホールディングスであり、労組の直接の使用者である100%子会社の(株)そごう・西武でないということが、問題を複雑にしている。雇用の確保に関わる問題があいまいなまま米国のファンドに売却されるという事態で、信頼感は吹っ飛んでしまったのであろう。あいまいなままでは許されない。不信を乗り越えていくうえで、刀を抜くのは当然至極である。

信ずる人々とあきらめている人々の二極化

本来私たち日本人は、日本国憲法で保障されているところの団結権・団体交渉権・団体行動権(スト権)に基本的な思考の基盤を持つべきだが、長年のあいまい構造でそれが雲散霧消してしまっている。

賃金が上がらない上がらないと嘆いているが、こんなあいまい構造では上がるはずはない。

交渉をしなくてなんで賃金が上がるのか?8割以上の人たちが労働組合という機能を持たず、西欧先進国のような労働協約の拡張適用もなく、米国のような権利意識の高さもない日本で、上がるはずがないではないか。

労働組合がなくても収益力のある会社、できのいい経営者の会社では賃金は上がっているだろう。働く者もそういう経営者のことはある程度の信頼感を持っているだろう。しかし大半の会社で働く人々は、経営者に対する信頼感などは論外で、あきらめの日々なのではないか。交渉とかコミュニケーションがなければ信頼関係も生まれなければ賃金も上がらない。

連合総研 理事長 神津里季生

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