連合総研

連合総研は働く人達のシンクタンクです
JTUC Research Institute For Advancement Of Living Standards

文字サイズ

研究員
の視点

介護×テクノロジーの未来

遠坂 佳将2023年4月20日発行

社会保障を支える人材が足りない

 昨年公表された令和4年版厚生労働白書は、「社会保障を支える人材の確保」にフォーカスしている。我が国の総人口は、2008年をピークに減少に転じたが、すでに減少を続けている現役世代人口は2025年以降、さらにその減少スピードが加速する。つまり、「高齢者の急増」から「現役世代の急減」に局面が変化するのである。これまでは、女性や高齢者の雇用促進により、就業者数を維持してきたが、そろそろ限界が近づいている。

 日本の高齢者数がピークを迎える2040年に必要と見込まれる医療・福祉就業者数は1,070万人とされているが、その時点で確保が見込まれる医療・福祉就業者数は、974万人と推計され、このままでは不足する。

 特に、介護分野における人手不足は深刻である。2040年に向けて介護サービス需要が増大する中、足下では、介護職員は身体的・精神的負担が大きく、報酬が相対的に低いことから、離職率が高く、新たな人材の確保が難しい状況にある。必要な人材を確保できないために、介護サービスを提供できない(つまり介護サービスが満足に受けられない)かもしれないという事態が、現実味を帯びてきている。

テクノロジーは救世主となれるのか

 こうした介護分野の人材不足に対応するために、処遇改善やタスクシフト/シェアに取り組むことと合わせて、テクノロジーの導入によるサービス改革が注目されている。ICTやロボット技術などテクノロジーを活用することで、業務の負担軽減・効率化が図られ、提供するサービスの質の維持・向上につながることが期待されている。

 しかし、現時点で全体の約8割の介護事業所では、テクノロジーの導入が進んでいない。その背景として、日本の介護職員は専門職が多く、「人が人をケアする」ことを基本に学ばれているため、多忙な現場では新しい技術に対する抵抗感があると考えられる。介護現場へのテクノロジー導入には手間やコストがかかる中で、テクノロジーが業務の効率化やサービスの質向上に資するのか、その効果や費用を比較検討した実証研究やエビデンスが乏しいと言える。

 また、介護分野で活用されるテクノロジーは多岐にわたる。例えば、高齢者の日常生活を支援する機器、高齢者とコミュニケーションするロボット、介護職員の身体介護や入浴介護を支援する機器、夜間の見守りセンサーや、排泄・排尿を感知する機器、タブレット端末やバックオフィスソフトウェアなどの介護業務支援機器等がある。このため、一口に「テクノロジーが介護労働やサービスの質に与える影響」といっても、なかなかこれを定量的に評価することは難しい。

介護×テクノロジーの調査研究

 そこで、テクノロジーが、介護労働や介護サービスの質、アウトカムに影響を与えていることを示している研究をいくつか紹介したい。例えば、Kruse et al (2017, JMIR medical informatics) は、電子記録システムの導入が介護事業所の文書管理業務の大幅な改善につながった研究を示している。Abdi et al (2018, BMJ Open)は、高齢者ケアにおける社会的支援ロボット(socially assistive robot)の活用が認知療法や社会性促進に貢献するとのエビデンスを示している。Meiland et al2017, JMIR Rehabilitation and Assistive Technologies)は、電子機器によって認知症の人の自立が促進され、家族や介護労働者のストレス軽減、全体的な生活の質が向上を示した一連の評価研究を挙げている。

 このように、特定のテクノロジーが介護労働やサービスの質に与える影響についてのパイロット調査や、こうした調査を収集したシステマティック・レビューはいくつか行われているものの、大規模なランダム化比較試験による研究は国際的にも少ない。

エビデンスに基づいた議論、政策が必要

 現在、厚生労働省において「介護ロボット等による生産性向上の取組に関する効果測定事業」が行われている。また、介護の質の向上を目的とした、科学的介護情報システム「LIFE」の取組を通じて、ICTの導入に向けた整備やデータ収集が始まっている。

 こうしたデータを活用し、テクノロジーを導入した介護事業所と未導入事業所を比較し、介護職員のパフォーマンスや就業状況、介護サービスの質への影響等を明らかにする調査・研究が待たれるところである。一つ一つエビデンスの蓄積が、介護事業者による積極的・計画的なテクノロジーの導入を後押しすることになるとともに、国や自治体による制度的・政策的な支援にもつながると期待される。

 連合総研においても、昨年12月の月間DIOにおいて「介護サービスの質を上げる~テクノロジーの可能性を探る~」と題し、特集を組んだことを契機として、介護分野におけるテクノロジーの活用と介護の質向上に向けた調査研究を進める予定である。高齢者介護におけるテクノロジーの活用は、日本のみならず、世界各国でも直面している課題である。テクノロジーと共生した「新しい介護の方法論」を確立することができれば、介護の仕事は大きく変わる可能性を秘めている。2040年に向けて、我々に残された時間はわずかである。

(参考文献)

令和4年版厚生労働白書

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/21/dl/zentai.pdf

Kruse, C. S. et al. (2017) 'Impact of Electronic Health Records on Long-Term Care Facilities: Systematic Review.', JMIR medical informatics.

https://medinform.jmir.org/2017/3/e35/

Abdi, J. et al. (2018) 'Scoping review on the use of socially assistive robot technology in elderly care', BMJ Open.

https://bmjopen.bmj.com/content/8/2/e018815

Meiland, F. et al. (2017) 'Technologies to Support Community-Dwelling Persons With Dementia: A Position Paper on Issues Regarding Development, Usability, Effectiveness and Cost-Effectiveness, Deployment, and Ethics', JMIR Rehabilitation and Assistive Technologies.

https://rehab.jmir.org/2017/1/e1/

連合総研 月間DIO No381 「介護サービスの質を上げる~テクノロジーの可能性を探る」

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/2022/12/120900.html

≪ 前の記事 次の記事 ≫

PAGE
TOP