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コペンハーゲンの奇想天外な廃棄物発電所

麻生 裕子2023年8月28日発行

 夏休み中にノードハウスの『グリーン経済学』を読んでいたら、ちょっとした偶然に気付いた。本のなかで、写真入りで紹介されているデンマークの首都コペンハーゲンの廃棄物発電所の事例は、建築物としてのユニークさが話題となり、近年、ドキュメンタリー映画にもなっている。半年前の冬の日、私は渋谷の小さな劇場で、その映画『コペンハーゲンに山を』(デンマーク、2020年)を観たことがあった。

 コペンヒル――この建物の通称である。コペンハーゲンには山がないという。高さ85m、全長450mの建物は、まさに都会に出現した丘だ。映画は、全編をつうじて、コペンヒルを手掛けた建築家ビャルケ・インゲルスの語りと、実際の建設風景で展開される。2011年の老朽化したごみ処理施設の建て替えをめぐるコンペティションから始まり、2019年にコペンヒルが完成するまでの9年間の模様を淡々と追っていく。

 コペンヒルの斬新さはどこにあるのか。単純に、おしゃれな外観の複合施設に生まれ変わったということではない。ごみ焼却により生まれる蒸気を利用した発電所とインテリアオフィスを組み合わせ、斜めになった屋上部分には、グラススキーやハイキングができるコースもある。この発電所は、年間3万世帯分の電力と7万2000世帯分の暖房用温水を供給できるという。

 これらの仕掛けは、持続可能な社会に向けた環境対策を講じながら、市民の暮らしを豊かにする都市づくりも可能にするという大きな意味をもつ。くわえて、敬遠されがちなごみ処理施設に人びとが集まる工夫を施すことによって、再生可能エネルギーがどのようにつくられるのかを学ぶきっかけにもなりうる。環境先進国であるデンマークならでは、という印象を受ける。

 ノードハウスも、先述した著書のなかで「コペンヒルはグリーン建築の記念碑だ」と称賛する。ここでの「グリーン」という言葉には、現代社会における衝突の解決に取り組むムーブメントという意味合いが込められているそうだ。おそらく、いろいろな意味で「ムーブメントを巻き起こすような建築だ!」といいたいのだろう。

 ただし、欲をいえば、私はこの映画にひとつだけ不満をおぼえた。建設のプロセスに焦点をあてた映画だから無理もないが、ここからは見えてこない重要な論点がある。それは、環境問題を語るときに欠かしてはならない雇用への影響だ。ごみ処理施設で働いていた労働者は、コペンヒルの完成後どうなったのか。コペンヒル全体でみれば、雇用は増えているのか。そのときの雇用の質はどうなのか。気になって仕方なかったが、実態はよくわからない。

 ディーセントでグリーンな雇用の維持・創出、脱炭素社会への移行にともない負の影響を受ける労働者や地域への支援といった問題は、この10数年、「公正な移行」として議論されるようになっている。しかし日本は海外に比べて、かなり立ち遅れているのが現状である。労働組合の出番だ。海外事例なども参考にしつつ、日本の労働組合も「公正な移行」に関する具体的戦略をもって臨むときにきているだろう。

【引用文献】

ウイリアム・ノードハウス『グリーン経済学――つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考』江口泰子訳、みすず書房、2023年

【参考文献】

ATUCインタビュー記事「脱炭素社会へ!オーストラリアの『公正な移行』 次世代につなぐ労働組合」連合総研ホームページ、2023年2月10日掲載

https://www.rengo-soken.or.jp/plan/2023/02/100900.html

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