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脱炭素社会へ!オーストラリアの「公正な移行」 次世代につなぐ労働組合

2023年2月10日

オーストラリアの脱炭素への「公正な移行」 労働組合は次世代に誇れるか?

脱炭素社会への移行は、雇用の未来や地域経済に劇的な変化を引き起こします。労働組合の世界組織であるITUC(国際労働組合総連合)は2009年のCOP15で「公正な移行(Just Transition) 」を提唱しました。日本ではまだあまり理解されていない「公正な移行」について、いち早く推進しているオーストラリアのナショナルセンターACTUのダニエル・シェレルさんに伺いました

――オーストラリアの労働組合が、脱炭素社会への要である「公正な移行」にどのように取り組んでいるか日本に紹介したいと考えています。最初にシェレルさんがACTUに関わるようになった経緯を教えてください。

ACTU で気候・エネルギー問題のシニアアドバイザーをしているダニエル・シェレルです。アメリカで育ち、アメリカで最も歴史があり規模も大きい草の根環境保護団体であるシエラ・クラブなどで、10年以上、気候変動運動に携わってきました。クライメット・ジョブ・ナショナル・リソース・センターではキャンペーン・ディレクターとして、労働組合が再生可能エネルギー分野で良質な仕事を求める運動も支援したことがあります。

2020年には現アメリカ大統領の選挙を支援する組織づくりをしました。その後、気候変動対策において画期的なインフレ削減法案を支持するキャンペーンを展開し、2022年にはこの法律が成立しています。この法律には再生可能エネルギー経済確立のための約4000億ドルの投資が含まれており、気候政策における革新です。

本も書いていて、2020年に、"Warmth: Coming of Age at the End of Our World(温暖:世界の終わりがやってくる)"を出版しています。

――シェレルさんの本はメディアで絶賛されていますね。なぜオーストラリアの労働組合に関わるようになったのですか。

オーストラリアには、フルブライト奨学生として2019年に留学していたことがあるのです。パートナーがオーストラリア人なので移住し、ACTUに参画することしました。

タイミングにも恵まれました。10年ぶりに労働党が政権を奪還した直後で、アルバニージー首相が本気で気候変動に取り組もうとしていました。オーストラリアの気候政策はすべきことが沢山あり、大変エキサイティングです。前政権が10年間も無策だったのでなおさらです。

「公正な移行」は、利益も負担も平等にする

――「公正な移行」とは何か、シェレルさんの考えを教えてください。

公正な移行とは、脱炭素社会への移行から生まれる利益やメリットと、費用やデメリットが、社会全体で平等に分配や負担することです。例えば、石炭の火力発電所で働く人たちだけが仕事を失い、生活に苦しむようなことはあってはなりません。公正な移行とは、どの労働者も、どのコミュニティも、取り残されないことを意味します。

大切な原則が4つあります。第1に影響を受けるエネルギー産業や地域の人たちへの経済的支援、第2に新産業分野での教育訓練機会の提供、第3に地域の新たな産業づくり、第4に十分な時間的猶予のある施設閉鎖等の通知です。

――海外諸国では公正な移行が進んでいるのでしょうか。

ドイツやスペインでは、政治家が公正な移行の重要性を理解し、十年単位の計画を立て、数十億ドルの資金を投じることが決まっています。

一方、わたしの母国アメリカでは、「不公正な移行」が起きています。石炭産業で栄えてきたウェストバージニア州では、石炭産業が縮小していく中で、州政府が地域の労働者や経済を支援する施策を打ち出せませんでした。その結果、地域の貧困と社会的混乱が拡大し、クリーンエネルギー革命に対する反発が起きているのです。

石炭産業の縮小は避けられないにもかかわらず、多くの人が、「クリーンエネルギー革命のせいで生活が苦しくなった。化石燃料産業を続けたほうがいい」と、変化に反対しています。「公正な移行」政策が欠けていると、改革により必要な改革を推進できなくなる「政治的逆行」と呼ばれる現象が起きてしまいます。

教育訓練や労働移動を含む10年のロードマップ

――オーストラリアの成功事例を教えてください。

正直なところ、オーストラリアも連邦レベルではまだ成功していません。前政権は石炭産業の人たちを守るといいながらも、実際は何の具体的な行動もとらず、気候変動は自分たちが対処すべき問題ではないとの顔をしていたのです。

一方で、州や地域のレベルでは、政治家がリーダーシップを発揮して独自の計画がつくられています。例えば、石炭火力発電が主力産業のクイーンズランド州のグラッドストーンでは、石炭産業が縮小していくため、地方議会が2年かけて、あらゆるステークホルダーを巻き込んで議論を行い、10年間の移行ロードマップを作成しました。もちろん、このステークホルダーには労働組合も含まれています。

――「公正な移行」では、改革にかかわるステークホルダーたちの社会対話や協力が不可欠ですね。

グラッドストーンのロードマップ作成後、クイーンズランド州で議論が行われ、州政府が資金を出すことを決定しました。資金の使途には、労働者の教育訓練、新たな仕事への移動、失業給付などの経済的支援、地域産業の多角化が含まれています。

ACTUは「共同余剰人員スキーム(pooled redundancy scheme)」という政策を推進しています。例えば、ある発電所が閉鎖されると、そこで働いていた人たちは他の仕事に移らなければなりません。その時、近くの地域や別の発電所で、定年の近い労働者に早期退職を募ります。早期退職により空席ができたら、閉鎖予定の発電所で失職可能性が高い人にその仕事に移ってもらうのです。このスキームにより労働移動を円滑化しています。

また、グラッドストーンでは再生エネルギーによる事業開発を進めています。再生エネルギーから水素をつくり、水素から再生可能燃料をつくり、最終的には航空機に使うといった構想があります。

脱炭素は地域社会の衰退・再生をともなう

――脱炭素経済への移行では、地域経済や地域コミュニティに大きな影響があります。

西オーストラリア州のコリーにも大規模な火力発電所があり、地域の沢山の人がこの産業で働いています。しかし、2030年までに複数の発電所の閉鎖が予定されています。

地方政府がコリー・デリバリー・ユニットという横断的な組織をつくり、地域経済を多角化し、人材の早期退職や再配置にともなう収入補填などの計画をつくっています。

――日本では炭鉱閉鎖により観光業に移行した地域が多くありますが、オーストラリアにはどのような代替産業がありますか。

南オーストラリア州のロックスビー・ダウンズなど一部の鉱山の町では、再生可能エネルギーのサプライチェーンに不可欠な鉱物の採掘に力を入れています。例えばリチウムは、クリーンエネルギーのサプライチェーンにおける重要資源で、オーストラリアには豊富なリチウムがあります。リチウムの陸上での処理を開始すれば、膨大な雇用を生み出す可能性があります。完全に同じではありませんが、リチウムの採掘には、石炭を採掘するスキルや機械が転用できます。

また、タスマニア州のダービーは、もともとはオフショアの化石燃料産業のハブ機能で栄えていたのですが、マウンテン・バイカーの名所としてピーアールしたら、多くの人が集まるようになりました。今では観光業が盛んです。

地域の取組みをオーストラリア全域に拡大

――ACTUは公正な移行をどのように推進しているのですか?

すでに地域レベルでは優れた取り組みがあるので、ACTUは連邦レベルでの展開を重視しています。現在は、公正な移行に関する機関(Just Transition Authority)を連邦レベルで設置すべく活動しています。

連邦政府に専門組織が必要な理由は3つあります。第1に、現在は州や地域がそれぞれ取り組んでいるため、成功だけでなく、連携不足による失敗も起きているからです。連邦レベルで基準づくりや財政援助ができれば、移行計画全体を底上げできます。

第2に、公正な移行では30年40年先をみた検討とプログラム・デザインが不可欠だからです。政治情勢の変化によらず、中断せずに、取り組みの継続を保証しなければなりません。

第3に、移行プログラムの実施にあたっては、縮小する産業と勃興する産業があるため、連邦、州、地方レベル相互の連携や、企業や労働組合といったステークホルダーとの交渉も必要になります。こういったコーディネーションに専念する必要があります。

――地域の取り組みをオーストラリア全域に広げるうえでの課題はどこにありますか?

法律に基づく連邦レベルの移行機関がないことが課題です。私たちは現在、加盟労働組合や関連団体、政府関係者とともに、公正な移行機関の理想形を構想し、数カ月のうちに法律を成立すべく取り組んでいるところです。

ガイダンスづくりで先導する。それが次世代の誇りになる

――ACTU側の推進体制はどうなっていますか?

ACTU内に気候運動グループ(Climate Action Group)を設置し、ACTU加盟の産別労組の代表20~40名を集めた会合を年に4回行っています。エネルギーや石炭産業の労働組合だけでなく、サービス業や教師、看護師などの労働組合も参加しています。各組合がそれぞれの視点でこの問題に取り組んでいます。

――気候運動グループは何を行っているのですか?

これから6カ月は、先ほど話した連邦レベルでの専門機関設置が最重点課題です。連邦政府の来年度の予算に、組織設立の予算を確実に盛り込むためにすべきことが3つあります。

1つめは、労働組合として嘆願書を提出します。この目的は、公正な移行の基本原則に関するガイダンスと、専門機関の組織構造と活動内容、法律による裏付けが必要な理由を提供することです。

2つめは、なぜ独立した機関が必要なのか、多くの人に理解してもらい、話題になる状況をつくりたいと考えています。労働組合のほかにも、気候のアドボカシー団体や、「責任ある投資」の推進者たちもいます。そういう味方と手を組んで、賛同者を増やしていきます。

3つめは、この問題に対する社会の関心を喚起し、労働者が求める健全な機関をつくるために、4カ月にわたるアドボカシー・キャンペーンを計画しています。

――ACTUはすでに「公正な移行の保障」や「労働者への利益のシェア:再生可能エネルギー産業におけるディーセント・ジョブの論点」といったレポートも発表しており先駆的です。最後に、日本の労働組合にメッセージをお願いします。

労働組合は立ち上がり、世界を破綻させる危機に挑まなければなりません。クリーンエネルギーによる経済再生では、何百万もの新しい雇用が創られます。世界の労働組合運動におけるルネッサンスなのです。

公正な移行は、単に産業変革のダメージを和らげるだけでなく、労働組合が新たな機会をいかし、エネルギー転換の先導者として運動を展開するものです。少なくとも30年から40年にわたるコミットメントが必要です。 労働者とその家族が、気候危機に対して安全に、豊かに暮らせるようにするために、ディーセント・ジョブをつくることが決定的に重要です。

労働組合が良質な雇用を創出・拡大するには、過去にしがみついたり、心配したり怯えたりするのではなく、リーダーシップを発揮し、未来への道を切り開く必要があります。

とくにわたしを含む若い組合活動家は、2050年はまだ現役で仕事し、生活しています。温暖化をくいとめて気候を安定させる。そして、自分たちの子孫に「こういう地球を残せたよ」と誇りをもって言いたい。だからこそ、わたしたち労働組合は積極的に取り組んでいかなければなりません。


執 筆 中村天江

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