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『労働組合と中間層』、米バイデン政権から驚きのレポート

中村天江2023年11月22日発行

史上最も組合寄りの大統領

 米国のバイデン大統領は、大統領選キャンペーン中から労働組合の活性化を公約に掲げ、自ら「史上最も労働組合寄りの大統領」と称しています。大統領就任後の20214月には、ハリス副大統領をトップとする「労働者の組織化とエンパワーメントに関するホワイトハウス・タスクフォース」を設置し、労働者の組織化や待遇改善に向けた取り組みを本格化しました。

 このタスクフォースの一環として、2023828日、米財務省が『労働組合と中間層(Labor Unions and the Middle Class)』 https://home.treasury.gov/system/files/136/Labor-Unions-And-The-Middle-Class.pdf を発表しました。先進国の財務省から「労働組合」を冠した報告書が出たことにまず驚き、中身を読んで、筆者の驚きはさらに大きくなりました(この点については後述します)。

 『労働組合と中間層』の目次は以下です。

エグゼクティブ・サマリー
1.はじめに
2.歴史的背景:中間層の動向
3.理論
4.職種別の組合範囲
5.中間層に対する組合効果
   ・労働組合は賃金を上げる
   ・労働組合は福利厚生や労働環境を改善する
   ・波及効果と他の間接的影響
6.労働組合・人種・性別
7.労働組合と広範な経済
   ・不平等
   ・生産性
8.まとめ

同じ米財務省が2022年に発表した『労働市場の競争状況(The State of Labor Market Competition)』https://home.treasury.gov/system/files/136/State-of-Labor-Market-Competition-2022.pdf が68ぺージと大部だったのに対し、『労働組合と中間層』は32ページしかありませんが、その中身は非常に濃く、しかも示唆的です。

最新研究にもとづくEBPMの報告書

 『労働組合と中間層』報告書は、経済格差が拡大し、中間層の人々がさまざまな困難な状況に陥っている状況を反転し、人々の幸福(ウェル・ビーイング)や労働条件を改善し、経済成長するために、労働組合の強化・拡大がいかに重要か、そのために政府がどのような政策を講じるのかをまとめたものです。

 今日の先進国において、経済・労働政策の中心に労働組合を位置付けるという枠組みはとても稀有です。しかも『労働組合と中間層』は、数多くの実証研究をもとづいてまとめられており、単なる空論や主張ではなく、EBPMEvidence-based policy making:エビデンスにもとづく政策立案)の典型的な報告書になっています。労働関係者にとっては組合機能の再認識、研究者にとっては組合研究の最新動向の理解、政策関係者にとっては政策立案の参考になる、多方面に波及する内容といえるでしょう。

 こうした報告書は例がないため、米財務省『労働組合と中間層』を日本語に訳したものを連合総研『DIO202310月号で公開しました。 https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio391-k.pdf 関心のある方にはぜひ、全文をお読みいただきたいのですが、「そこまでは」という方もいらっしゃると思うので、『労働組合と中間層』のポイントを紹介しておきます。

『労働組合と中間層』報告書のポイント

 「1.はじめに」では、1935年以降の社会状況や労働組合の趨勢(すうせい)についてまとめています。富の占有が進み、所得格差が戦後最高レベルとなってしまったアメリカ社会において、労働組合が不平等を是正し、人々のウェル・ビーイングを高め、さらには経済の成長とレジリエンスを高めるエビデンスがあると口火を切ります。

 「2.歴史的背景:中間層の動向」では、1970年以降、中間層が数多くの指標で困難な状況に陥っている事実を突き付けます。賃金の停滞や所得の不安定さ、負債の増加、労働時間やストレスの増加、住宅費や教育費、医療費の高騰、退職後の備えの不足など、ファクトを次々に示します。

 「3.理論」では、組合機能に関する有名な研究理論を紹介します。Freeman and Medoff1984)の"What Do Unions Do"(邦題『労働組合の活路』島田晴雄、岸智子訳)で提起された、労働組合が経営に対して影響力を行使する二つの経路「独占」と「発言」の仕組みを解説しています。

 「4.職種別の組合範囲」では、職種別の組織率と、今後の雇用拡大の見込みについて概観します。

 「5.中間層に対する組合効果」はこの報告書のハイライトです。賃金や福利厚生、労働環境の快適性、さらにはコミュニティや経済全体に対する組合効果をまとめています。例えば、労働組合の活動には、1015%の賃上げ効果があり、労働組合に入っていない労働者の賃上げも誘発すること。一見分かりにくい、しかし実は大切な、勤務シフトの不確実性の防止などへの寄与。さらには、組合加入労働者のほうが、選挙投票率が高く、寄付やボランティアを行う可能性が高いことも紹介します。

 「6.労働組合・人種・性別」では、性別や人種の不平等を解消する上で、労働組合が有用なことを示していきます。例えば、仕事に依存していて、女性よりも孤独・孤立を経験しやすい男性にとって、労働組合が社会的接点の創出につながります。また、親世代から子供世代への所得水準を高めていくことにも、労働組合は寄与しうるのです。

 「7.労働組合と広範な経済」では、所得格差の是正と生産性への影響について論じています。労働組合によって富の偏在が緩和されることを示した上で、「労働組合は生産性向上にプラスなのか、マイナスなのか」という論点に対し、学術研究をレビューしつつ、「労働組合の生産性に対する影響は、中立もしくはややポジティブ」だとまとめています。

 「8.まとめ」では、労働者をエンパワーするために推進する法政策をまとめています。法律の整備(団結権保護法〔Protecting the Right to Organize ActPRO法〕、公共部門交渉自由化法〔Public Sector Freedom to Negotiate Act〕)や、労働者や企業への情報提供、「グッド・ジョブ・イニシアチブ(Good Jobs Initiative)」の推進など、政策ラインナップが列挙されています。

日本の労働組合・研究者・政策関係者への示唆

 最後に、『労働組合と中間層』の日本への示唆を4点あげたいと思います。

 まず、労働組合関係者は、『労働組合と中間層』が労働組合のプラス効果を多岐にわたって示しているため、組合活動の重要性や意義を再確認できます。世界的に労働組合の衰退が指摘されてきたなかで、賃金や福利厚生の向上だけでなく、不平等の是正や、さらには組合のない労働者やコミュニティへの波及効果など、組合運動の広がりを考える足がかりになるでしょう。

 研究者にとっての利点は、上記に加えて、労働組合を取り巻く状況や、さまざまな組合効果について、最新の学術研究の結果を多数引用していることです。日本では組合研究は減少傾向にあり、とくに実証分析は限られています。本報告書は政策意図をもって編まれているため、内容の中立性には一定の留保がつきますが、引用文献までさかのぼれば、そこから研究を発展させることができます。

 また、政策文書のなかで実証分析の手法や解釈の仕方まで言及している点も考えさせられます。労働政策におけるEBPMEvidence Based Policy Making)の見本のような報告書になっているのです。

 政策関係者にとっては、この報告書から透けてみえるバイデン政権の政策姿勢を知ることにも意味があるでしょう。経済成長と労働者保護をトレードオフとするような、従来、暗黙の内に含意されてきた政策スタンスとはまったく異なっているからです。バイデン政権は、労働者のウェル・ビーイングや格差是正と、経済の成長やレジリエンスを、同時に実現するための要諦として労働組合を位置づけています。労働組合に対する固定概念を塗り替える内容とさえいうことができます。

 日本と米国の労働・社会システムは異なるため、すべてが日本にあてはまるわけではありません。しかし、社会の持続可能性を高めるためには、働く人々の暮らしと経済の発展は両輪であり、近年、これらの両立が一層求められるようになっています。バイデン政権の労働組合の強化・拡大政策は、その有力な政策パッケージの一例です。経済・労働政策の中心に労働組合を位置づける政策は画期的で、日本の政策に何をどのように転用・援用できるのか、もしそうすべきではないとしたら、それは日本のどのような構造的要因によるものなのか。今後の経済・労働政策を考える一助となると思うのです。

 このように、さまざまな立場の方にとって発見や気づきがある報告書なので、関心のある方は『労働組合と中間層』の日本語訳や原典をご一読いただけると嬉しいです。

日本語訳:米国バイデン政権『労働組合と中間層』 ―報告書のメッセージと日本への示唆―

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio391-k.pdf

英語(原典):U.S. Department of Treasury "Labor Unions and the Middle Class"

https://home.treasury.gov/system/files/136/Labor-Unions-And-The-Middle-Class.pdf

(執筆:中村天江

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