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海外労組の挑戦

「限界の仕事」から1万人を無期雇用化!ドイツ配送ライダーの連帯

2023年2月24日

「限界の仕事」から1万人を無期雇用化!ドイツ配送ライダーの連帯

世界各国の労働分野で注目を集めているプラットフォームワーク。日本でもプラットフォームワーカーによる労働運動が芽生えつつあります。一足早く運動を立上げ、多くの成果を勝ち取っている、ドイツの食事配送ライダーたちの「Liefern am Limit(以下、限界ギリギリのデリバリー)」運動について、ドイツ食品・飲食・旅館業労働組合(NGG)のマーク・バウマイスターさんにお話を伺いました。

――現在、世界的にプラットフォームワーカーの保護をめぐる議論が展開されています。特にNGGの取組みは先進的です。最初にバウマイスターさんが「Liefern am Limit(限界ギリギリのデリバリー)運動」に関わるようになった経緯を教えてください。

NGG(ドイツ食品・飲食・旅館業労働組合)で労働協約政策を担当しているマーク・バウマイスターです。DGB(ドイツ労働組合総同盟)の下には8つの産業別労働組合があります。私は、元々、その1つであるIG BCE(ドイツ鉱業・化学・エネルギー労働組合)で活動していて、2010年にNGGに移りました。

現在は、NGGの連邦本部にて、フードデリバリー業界のみならず、レストラン・ホテル業界全般での労働協約交渉・締結に向けた取組みを主務としています。

その他、私がNGGで担当している任務として、「アジャイルコーチ」があります。これは、特にプラットフォームワークのような新しい働き方に従事する人達に対して、より良い働き方を実現するための助言やキャリア相談のような対応を行うものです。更に、NGGの組合員らへの「組織化」のためのノウハウ伝授等にも、長年、取り組んできました。

――なぜ、IG BCEからNGGに移られたのでしょうか。

DGB傘下の産別組合は緊密に連携していますので、産別組合間での人材移動はドイツでは珍しくありません。もっとも、より規模の小さい産別組合からより規模の大きな産別組合へと移ることは多いものの、私のように、より規模の大きな産別組合であるIG BCEからNGGへと移るケースは珍しいかもしれません。

私がNGGに転職した理由は、NGGの方が、組合員との距離が近く、現場目線に立った活動ができるからです。IG BCEは非常に強力かつ規模の大きい産別組合であり、既にソーシャルパートナーシップが確立されていますが、NGGの管轄する領域では、まだそれが確立されていないこともあります。現場に近い立場から、NGGでのソーシャルパートナーシップ確立に向けた取組みを行うことにやりがいを感じています。

リアルで集う「修理デー」からつながっていった

――「限界ギリギリのデリバリー運動」の概要を教えて下さい。

「限界ギリギリのデリバリー運動」は、フードデリバリー業界のプラットフォームで働く配送ライダーたちの労働運動・ネットワークの名称です。NGGは配送ライダーたちと緊密に連携をとりながら、この運動を進めてきました。

現在、この運動に参加するライダーたちの多くは、リーフェランド(Lieferando)というフードデリバリープラットフォーム(*ドイツ最大のフードデリバリープラットフォーム:筆者付記)を使って働いています。

彼らの働き方には、「モバイルワーク」という重要な特徴があります。彼らには勤務先として固定された場所は無く、彼らは常にどこかの道路上で働くか、待機しています。そのため、組織化を進める上で、我々は彼らの「アクセスポイント」をつくることを意識しました。

普通の職場と違って、ライダーたちには集まることのできる物理的な空間がありません。そこで、「修理デー(Repair Day)」という企画を考えました。ライダーたちが、この修理デーに自転車の修理・メンテナンスのために集い、相互交流する機会を設け、それをもとに組織化につなげようと考えたのです。

修理デーに集まったライダーたち(NGG提供)

SNSにはドイツ語のわからない移民ライダーも

――「限界ギリギリのデリバリー運動」は、まさに、現場発のソーシャルパートナーシップづくりですね。

もう1つ、組織化・ネットワークづくりの際に重要となったのはSNSです。ヨーロッパでは、WhatsAppやTelegram等のアプリが広く利用されています。ライダーたちはこれらを使用してネットワークを作り、NGGもそのネットワークを通じて、ライダーたちに助言をしたり、意見交換を行い、組織化を進めてきました。

他にも、この運動に関心を持つ、より多くの人々のために、我々はFacebookや Instagram上にもページを作っています。ライダーにはドイツ語のわからない移民もいるので、ドイツ語だけではなく、英語での情報発信も行っています。

ここで強調したいのは、この「限界ギリギリのデリバリー運動」は、元々、ライダーたち自身が立ち上げたネットワーク・運動であるということです。そして、我々NGGとしても、こうした運動の性格を重視しています。例えば、運動のメンバーたちをNGGの下に組織化したからといって、NGGがトップダウンで運動方針を押し付けるのではなく、同じネットワークの中に我々NGGも身を置き、運動メンバーたちと共に活動していくことを意識しています。

若者たちの「長く働き続けたい」が運動を後押し

――配送ライダーたちがネットワークづくりを始めた契機は何だったのでしょうか。

元々、ドイツにはリーフェランドのほかにフードラ(Foodora)やデリバルー(Deliveroo)といったフードデリバリープラットフォームが存在していましたが、のちにフードラはリーフェランドに買収され、デリバルーはドイツの市場から撤退しました。

こうした市場の変化の下で、多くの配送ライダーたちはリーフェランドに移籍することになります。「限界ギリギリのデリバリー運動」は、元々はフードラやデリバルーの下で働いていたライダーたちによって立ち上げられたものであり、その後、上記の事情から、この運動はリーフェランドに移籍したライダーたちのための取組みを進めていくことになりました。

運動の立上げ当時、ライダーたちは厳しい状況下にいました。例えば、報酬や労働時間に関する明確な規制が無い、不透明なアルゴリズムの存在、最低賃金を下回る賃金水準、といったような様々な問題がありました。フードラやデリバルーの下で働いていたライダーたちの中には、労働法や社会保障法の保護の及ばない「フリーランス」や「自営業者」として扱われていた者もいたのです。

こうした事情の下で、2017・2018年頃に、ライダーたちの一部がNGGにコンタクトをとるようになりました。その後、上記の通り、彼ら自身がネットワークづくりを展開するとともに、NGGの組合員となることで、NGGと共に「限界ギリギリのデリバリー運動」を本格的に開始していくことになります。

ライダーたちが、デリバリー業務を単なる短期バイトとして理解していたのであれば、このような運動を立ち上げようという動機は生まれなかったことでしょう。しかし、ライダーたちの中には、「この仕事を長期的に続けたい。しかし、そのためには、きちんとした報酬体系や合法的な労働条件を整備してもらいたい」と考える者も少なくありませんでした。学生ライダーとして活動する者も多く、彼らも自分たちの置かれた劣悪な労働条件に対する問題意識を強く持つ若者でした。

約1万人のライダーはフリーランスではなく無期雇用

我々の運動が獲得した重要な成果の1つに、リーフェランドで働くライダーたちの無期雇用契約があります。現在、約1万人のライダーが、労働法や社会保障法の保護の及ぶ無期雇用契約で働いています。ライダーたちはもはや、「フリーランス」や「偽装自営業者(Scheinselbständige(r))」として働いているわけではないのです。

――多くの国でプラットフォームワーカーの「労働者性」が問題となる中で、「無期雇用契約」を勝ち取ったことは運動の重要な成果ではないかと思います。どのような成功の要因があったのでしょうか?

1つの要因として、メディアの存在が我々の活動を後押ししてくれました。

運動の立上げ当時、レストランから料理を配送するデリバリーサービスは真新しいものであり、メディアや世間がこのサービスに注目していました。しかし、次第に、彼らの目はデリバリーサービスに従事するライダーたちにも向けられていくことになります。

例えば、ライダーたちの自転車は古く、きちんとしたユニフォームも支給されていない、それどころか、「フリーランス」や「自営業者」として扱われていたライダーたちは最低賃金すら得ることのできない低報酬に悩んでいました。こうしたライダーたちを尻目に、プラットフォーム各社が市場シェアを獲得するための競争を激化させているといったような事実が、メディアを通じて広まっていきました。これをスキャンダルと受け止めた世論が、我々とともにプラットフォームに対して圧力を生み出してくれたのです。

――「限界ギリギリのデリバリー運動」には政治家たちも注目を寄せていますね。その要因は何でしょうか。

現在の政権与党であるSPD(社会民主党)のほか、野党では中道右派・保守政党であるCDU(キリスト教民主同盟)やDie Linke(左派党)が我々の運動を支持しています。例えば、SPDの所属議員で連邦労働・社会大臣を務めるフベルトゥス・ハイル氏は「ライダーたちの処遇を改善する」ことを公言しています。

特に昨今のコロナ禍では、世論がフードデリバリーサービスに従事するライダーたちの現状に注目・同情する機会が増えたこともあり、政治家にとっても、ライダーたちの保護は世論の支持を得るための有効なテーマであったといえます。

賃上げでは不十分、「協約締結」に向けて攻める

こうした政治家や世論からの圧力を武器に、我々は次なるステップとして、リーフェランドとの間での協約締結に向けた交渉を始めるためのキャンペーンを、2023年1月から展開したいと考えています。

この間、リーフェランドがライダーたちの冬季の報酬を1時間当たり50セント引き上げると発表したことがありましたが、我々は直ちにこれを拒否しました。我々が求めているのはあくまで「労働協約」による賃金規制であって、こんな風に、そのときどきの都合で使用者が自由に時給を上げ下げする対応は求めていません。

もっとも、実際に協約交渉を始めるためには、NGGが「強い力」を持つことが求められます。我々はリーフェランドの下で1000人以上のライダーを組織化することを、協約交渉を始める基準として考えてきたのですが、現状、600人程度のライダーを組織化できているにすぎません。

これまで、我々はNGG内部で協約交渉の必要性を共有してきたものの、世間一般・公に向けて我々の姿勢を積極的に示すことは行っていませんでした。しかし、今がその時であると考えています。というのも、このまま待っているだけでは、協約交渉のために我々が望む組織人員を獲得することは難しいと考えているからです。

「限界ギリギリのデリバリー運動」というキャンペーンは広く認知されていますが、逆に言えば、今のままでは、認知されるだけで終わってしまう可能性もあります。我々としては、協約締結に向けた交渉を始めるためのキャンペーンを積極的に展開することで、より多くのライダーたちが組合加入に関心を持ってくれるのではないかと考えています。

現在、我々はドイツ全土のリーフェランドの支店で合計15の事業所委員会を設置していますが、今後は各事業所委員会とも連携しながら、「具体的にいつ、協約交渉を開始すべきか」、「リーフェランドが交渉を拒否した場合、どのような対策を講ずべきか」を検討していきたいと考えています。

他方で、我々が協約交渉で求めるべき労働条件は決まっています。ライダーたちに時給15ユーロの報酬を保障することをはじめとするライダーたちのためのより良い労働条件を求めていきたいと考えています。

時給15ユーロを保障する協約を求めるライダーたち(NGG提供)

司法にも限界がある。だからこそ、労働組合が重要

――協約交渉のためには「強い力」が必要になるとのことでしたが、例えば、要求を貫徹するために、争議行為をも辞さない姿勢が求められるということでしょうか。

その通りです。既に我々が組織化しているライダーたちはストライキをする心積もりができていますし、むしろ、ライダーたちから「ストライキをしてほしい」との声が上がることもあります。

――単なるキャンペーンで終わらせることなく、成功のためには「攻めの姿勢」も必要ということですね。改めて、労働組合のレゾンテートルを考えさせられるようなお話でした。最後に、日本の労働組合にメッセージをお願いします。

ドイツ国外の多くの方々は「ドイツでは全てがきちんと規律されている」と考えているのではないかと思います。しかし、それは誤りです。

労働者を保護するための多くの法律には欠陥や抜け道があります。ドイツでは、判例法理がこうした法律の状況を補うことが多く見受けられますが、裁判所にも過重な負担がかかっていることでしょう。

私は、今後はこれまで以上に労働組合の重要性が増してくると考えています。プラットフォームワークのような非典型就労における搾取に対して、ドイツ・日本、そして、世界規模で共に戦っていきましょう。日本の皆さんならば、きっと成功できるはずです!


執筆: 後藤究(長崎県立大学講師)

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