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労働組合の未来

社会課題への挑戦

悪質クレーム撲滅!170万署名で国を動かしたUAゼンセンのカスタマー・ハラスメント対策

2022年9月26日

(右)UAゼンセン 常任中央執行委員 流通部門事務局長 波岸孝典氏
(左)UAゼンセン 流通部門副事務局長 社会政策委員会事務局長 安藤賢太氏

「胸ぐらをつかまれ引きずられた」「土下座を強要された」―。繊維や流通、小売りなど多業種の労働組合がつくる「UAゼンセン」は、消費者から労働者への迷惑行為「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」を社会へ伝えるともに、働き手を守るための法整備にも取り組んできた。労働者の問題であるカスハラを、どのようにして社会課題へと変えていったのか。当初から取り組みに関わる波岸氏、安藤氏にたずねた。

最前線の働き手に報いたい。政治を通じて環境を変える

――カスタマー・ハラスメントに取り組んできた経緯を教えてください。

波岸

UAゼンセンはパート組合員が全体の6割を超え、小売り・流通の最前線で働いているのも、主にパートの人たちです。2015年に組合員が100万人を超えた時、産別の「規模の強み」を生かして現場の困りごとを横断的に調査・分析し、社会に発信しようと考えました。

ただ最終的に問題を解決できるのは、政治なんですね。法律を変えることで、初めて組合員に変化を実感してもらえる。このため法制化を「ゴール」に据えました。

困りごととして、真っ先に出てきたのがカスハラの問題です。正当なクレームは受け止めるのが我々の仕事ですが、行き過ぎた行為は許されません。『サービスする側と受ける側が、ともに尊重される社会を目指す』という方針のもと、カスハラ対策をスタートさせました。

安藤

働き手の価値を高めたいという思いが、取り組みの出発点でした。流通業に携わる人は「お客様は神様」と言われ、長い間「格下」として扱われてきました。ましてやカスハラを受けていたら、仕事に誇りなど持てないと考えたのです。

また僕自身、組合にとっては要望の実現のために政治があるはずなのに、議員を国会に送り込むことが目的化していないか、という問題意識がありました。政策を通じて、組合と政治の在り方を本来の姿に戻したいという思いもありました。

しかし道のりは平たんではなく、当初は組織内でもカスハラ対策に反対意見も出ていました。単組の委員長は大抵、修羅場をくぐった現場の「エース」ですし、彼らが最前線にいたころの業界は「クレーム対応をこなしてこそ一人前」というカルチャーが強かったからです。「そんなことをしたら成長機会を失うことになる」と反対されたこともあります。

――どのような取り組みを経て、反対意見を乗り越えてきたのでしょう。

波岸

2016年から省庁や業界団体などと意見交換を始めましたが、どこでも「カスハラの定義は何ですか」「どのぐらいの人が困ってるんですか」と聞かれました。そこで2017年、悪質クレームに関するアンケート調査を実施するとともに、UAゼンセンとして、カスハラの定義と対策をまとめたガイドラインを作りました。

アンケートは最初、2万件の回収を目標としていたんです。それが締め切りを過ぎても続々と回答が寄せられ、最終的には約5万3千件に達しました。現場では「私にも書かせて」という組合員が続出し、回答用紙が何枚もコピーされたそうです。自由記入欄にも2万件の回答があり、「犯罪ではないか」と思うほどの迷惑行為がつづられていました。

安藤

調査結果によると、組合員の7割が悪質なクレームを経験していました。さらに、胸ぐらをつかまれて15メートル引きずられ「殺すぞ」と脅された、レジでお客さんに小銭を投げつけられて「拾え」と命じられ、泣いて謝りながら拾ったなど、数えきれないほどのカスハラが明らかになりました。委員長たちもこうした結果を見て、徐々にマインドが変わっていきました。私もアンケートを読んで「これはひどい」と思ったからこそ、諦めずに政策を進められました。

今の時代、インターネットの情報などで政策を作るのは簡単です。しかし労働組合の政策担当者は現場の1次情報、生の声を聞き、切実な訴えに根差した政策を作ることが大事だと実感しました。

安藤氏写真・メッセージ②

動画再生660万回 カスハラが社会に浸透

波岸

メディアも調査結果を大きく報じてくれました。サービス業にクレームはつきものだ、被害を声高に叫ぶ必要はない、といった意見もありましたが、働き手の「私たちの声を代弁してくれた」という共感が、批判を大きく上回りました。2018年には、労働運動の一丁目一番地である署名活動も展開し、他産別の協力も得て176万筆を集めました。厚生労働省に署名用紙を積めた段ボールを大量に運び込んで、担当課長にすごく渋い顔をされました(笑)。

安藤

私は最初、署名は乗り気ではなかったんです。組合員の負担になるし、やる意味もよく理解できませんでした。ただある委員長が「署名は数じゃない。署名を通じてその政策に取り組むという意思を示すことで、政策が自分ごとに変わるんだ」と言うんです。その通りで、署名運動の後、多くの人から「カスハラどうなってますか」「応援してます」という声を頂くようになりました。

組合員から声が上がれば、組織としても対策に取り組まざるを得ません。政策は署名などの組合活動と、セットで取り組むことが大事だと分かりました。

波岸

5万を超えるアンケート調査と176万筆の署名、連日の報道は世論となり、政府や国会も動かしました。18年に成立した「働き方改革関連法」の附帯決議に、企業のカスハラ対策が盛り込まれました。19年に成立したパワハラ防止法では、措置義務には入りませんでしたが、指針に『望ましい取り組み』としてカスハラ対策が入り、法制化が大きく前進しました。それを受けて今年2月、政府も企業向けのカスハラ対策マニュアルを作成しました。

法制化と並ぶもう一つの柱は、社会の関心を喚起することです。2019年に動画を2本公開すると、SNSで拡散されて約660万回も再生され、多くのワイドショーにも取り上げられました。これによって一気に「カスハラ」が社会に浸透したのです。

波岸氏写真・メッセージ①

産別労組や業界団体 垣根を超えて学び、連携する

――カスハラ対策が成功した原因を、どのように分析しますか。

安藤

さまざまな団体に話を聞き、そこで得た学びを「いいとこどり」できたことです。自動車や電力、自治労など他の産別労組をたずね、政策の進め方やロビイングのやり方などを教わりました。航空連合からは、乗客による迷惑行為を違法とする改正航空法が成立したことで、客室乗務員が理不尽な要求を拒否できるようになったという話も聞きました。韓国の産別労組が法律や条例を作った、オーストラリアの労組が動画を作った、など海外の好事例も参考になりました。

カスハラ対策が注目を集めたことで、今度は他産別から「話を聞かせて」と言われるようになりました。関係を築いたことで、産別交流会などもできるようになり、ばらばらの点と点だった活動が、面へと広がりつつあります。

波岸

UAゼンセンは多産業の複合体で、組織一丸となって政治家や行政にアプローチするのが不得手だったんです。連帯からなる産別だからこそ、業種の垣根を越えて他の産別の、そして労組以外にも多くの団体のドアを叩き、教えを乞うことができたと思います。

また業界団体については、スーパーマーケットにドラッグストア、百貨店など多くの団体と、年4回ほど意見交換の場を設けています。多くの団体の協力を得られたのは、こうした日々の地道な取り組みの成果でもあるでしょう。

――他産別や他の団体との連携は今も進んでいますか。

波岸

今年4月、自治労や運輸など15産別がUAゼンセン本部に集まり、カスハラについて意見交換しました。流通・小売りの組合員だけでなく、トラックやタクシーのドライバー、駅員、役所の窓口担当者など、対人業務のある産業は同じ問題を抱えていますし、学校のモンスターペアレンツも同様です。多くの産別は独自に調査を実施し、ガイドラインを策定しています。UAゼンセンも、カスハラ対策を他の産別に横展開してもらえるよう、全てのプロセスをオープンにしています。

またコロナ禍では業界団体と役割分担して、働き手の安全確保に取り組みました。業界団体はメディアに情報を発信し、報道を見た行政トップが住民に冷静な購買行動を呼び掛けました。一方、UAゼンセンは国会対策に力を入れ、消費者庁と農水省、経産省合同で感染対策のポスターを作ってもらうなど、省庁間の連携を促しました。こうした結果、店頭に立つ組合員の感染リスク低減などにつながりました。

波岸氏写真・メッセージ②

多くの職場に共通する「働き手を守る」課題に挑む

――今後はどのような取り組みを進めていきたいとお考えでしょうか。

波岸

政府内にカスハラをテーマとした会議体を作り、関係省庁や有識者、関係団体の議論を深めることが次の目標です。多くの団体・個人が議論に参加することで社会へ理解が広がりますし、政府予算も付くので、広報を通じた社会喚起もしやすくなります。他産別との連携強化にも取り組み、将来的には連合傘下の全産別合同でカスハラ調査を実施するなどして、問題をさらに浮き彫りにできればと考えています。

単組に対しても、労使協議を通じて職場にカスハラ対策マニュアルを作るよう、働き掛けを強めていきます。労使双方のトップがマニュアルを通じて「働き手を守る」という意思を明確にすることで、組合員も後ろ盾を得て迷惑行為に毅然と対応できるし、困ったらSOSを出していいとも思えるからです。

安藤

カスハラ対策は、労働者としての立ち位置を守りながら社会全体の問題に取り組んだからこそ、世間の注目を集めました。一連の活動を通じて、産別がやるべき政策はこうした「社会政策の顔をした労働政策」だという思いを強くしています。

今後もカスハラ対策を推し進め、労働組合の価値を社会に広く発信していきます。さらに、カスハラ以外にもさまざまな政策を実現することで、組合は人々の幸せに貢献できる、社会的に有益な存在であることを、多くの人に知ってもらえればと考えています。

安藤氏写真・メッセージ②

聞き手 中村天江松岡康司
執 筆 有馬知子
撮 影 刑部友康

社会課題への挑戦

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